日本の洋上風力イノベーション・エコシステムの構築ノルウェーからの教訓

小川 逸佳 自然エネルギー財団 特任研究員

2025年7月1日

in English

 産官学連携は国際競争力強化や経済成長を推進する上で非常に重要である。しかし、日本の洋上風力では連携が進んでいるとは言えず、各セクターの役割分担が不明瞭である。また、知見の共有についてのフレームワークも確立されていないのが現状である。産官学連携に正解は存在しないが、本稿では日本で産官学連携を進める上で参考にするべき、ノルウェーの大学・民間企業・政府機関によるエコシステムの一例を紹介する。

ノルウェーの事例:有効な取り組み

1) 研究開発のためのテストセンター

 Marine Energy Test Centre(METCentre)1は浮体式洋上風力発電のコンセプトを実海域で検証できる、極めて重要な場を提供している。今では有名なTetraSpar や 、Hywind Demo といったプロジェクトも、METCentre の実証プロジェクトである。浮体式は着床式ほど確立された技術ではないため、こうしたテストセンターが技術革新には重要である。なぜなら、どれだけ斬新な技術を取り入れた車でも、テストドライブを していない車は買いたくないのと同じである。

 現在METCentre は、上記のプロジェクト以外にも、Odfjell Oceanwind2や Aikido Technologies3のような新たなプロジェクトも支援している。

 一方、日本では内閣府4により複数の海洋再生可能エネルギー実証フィールドが指定されているものの、系統接続や理解醸成が不完全で、本格的な洋上風力のテストセンターとは言えない。実証するための申請プロセスも不明瞭で効率化されていないのが現状だ。テストセンターは、新しい技術を商用化へと繋げていく重要な役割を担っており、また国際的な標準づくりにおいても重要な存在である。そのため、サンドボックスのような試験施設の早期整備と運営体制の確立が必要である。

2) ENOVA:国家戦略に沿った投資組織5

 ノルウェー政府は ENOVAという国有企業を通じて脱炭素プロジェクトに出資をしている。新しい技術は商用化までに時間がかかるため、初期において資金繰りが難しい。ENOVAは民間投資へとつなげる貴重な橋渡しの役割を果たしている。

 例えば 世界最大の浮体式洋上風力発電所のHywind Tampen6の実現に一役買っているのもENOVAである。

 また、最近のプロジェクトとしては、以下のような革新的な浮体式プロジェクトも支援している。

  • GoliatVIND(20億ノルウェークローネ)— 75MW の実証プロジェクト7
  • Wind Catching Demo(12億ノルウェークローネ)— 浮体式マルチタービンプラットフォーム8

 これに対して、日本はプロジェクト単位の補助制度(NEDOのグリーンイノベーション基金9など)が主流である。NEDOの補助金は最大2/3なので、残りの1/3を申請企業が負担する仕組みになっているが、大型の浮体式の実証になると数百億円になるため、中小企業が負担できる金額ではない。本当に国内技術を育成するのであれば、資本力のある企業しか参加できない補助金制度ではなく、技術開発そのものを包括的に支援する仕組みが必要である。また、ENOVAのような「投資」という視点から技術審査をするということも、商業化には大事である。

3) ベルゲン大学および Bergen Offshore Wind Center(BOW)10における学際的専門性

 ベルゲン大学、および Bergen Offshore Wind Center(BOW)は、浮体式洋上風力イノベーションに向けた学際的なアプローチの好例である。

 同センターの研究領域は、海洋科学、海洋空間計画、環境影響評価、洋上に関する法律や規制、ステークホルダー・エンゲージメント、デジタルガバナンスと多岐にわたり、持続可能な大規模洋上風力の発展に不可欠な知見を提供している。

 ここでは Hywind Tampen11をはじめとする 企業(Equinor) との協力や、その他の産学共同プロジェクトを積極的に推進している。こうしたアプローチは、学術的知見を地域ネットワークや産業界に接続し、セクター全体の進展を支える重要な要素となっている。

4) ケーススタディ:Hywind Tampen11(Siemens Gamesa SG8.6-200 x 11基)

 Hywind Tampenプロジェクトは94.6MW規模の浮体式洋上風力発電所であり、北海油田プラットフォームに電力を供給している。ノルウェー政府の資金支援(ENOVA)、リーディング企業(Equinor)、および研究機関(SINTEF12やBOWを含む)が協力して、主要な技術的・規制的・財務的障壁を乗り越えて成功させたプロジェクトである。政府支援は金融リスクを低減し、Equinor は事業者として産業界をリードし、研究者は係留設計、エネルギーシステムへの統合、運用に関するソリューションを推進した。こうした官民連携による取り組みは、技術の進歩やコストの低減に不可欠である。日本でもこうした総合的なアプローチで、布石プロジェクトを進めることが望ましい。

企業主導の研究開発と国際連携

 Hywind Tampenでは、Equinor および DOF Subsea13を含む主要サプライヤー企業が技術開発 の優先事項を主導し、政府機関や学術機関は各々の領域で技術支援などをしている。一方、日本では政府主導の技術開発が主流であり、産業界のニーズに対応できていない印象がある。

長期的な関係構築

 Hywind Tampen の成功の背後には5〜10年にわたる産学官の信頼関係の構築がある。このような長期的な協力関係を築くことが、好循環を生み出す原動力となる。しかし、日本では依然として短期的で一時的な取組が多く見受けられる。

国際連携への積極性

 国際連携に対する姿勢についても対照的だ。ノルウェーでは、浮体式洋上風力の大規模化には世界的な知見と協力が不可欠であるとの認識のもと、国境を越えた 研究開発の 連携が積極的に進められている。一方日本では、指針や申請書類が日本語のみで提供されているなど、国際的な連携を進める上で改善すべき点が多く残されている。

5) Innovation Norway によるグローバル支援

 Innovation Norway14は、ノルウェーの中小企業(SME)やスタートアップ企業が浮体式風力バリューチェーンに参加し、海外展開をするための支援をしている。こうした取組は、技術革新を支えるエコシステムの構築に貢献している。残念ながら、日本にはこうしたダイナミックな起業支援機関は存在しない。

日本における現在のイノベーションのボトルネック

 日本における産官学連携には、明確な定義がなく、その内容もあいまいである。日本の応用研究開発の多くは、NEDO15などの政府機関主導で行われている。しかし、昨今の市場ニーズの変化に対応するためには、応用研究開発の進め方やシステムの見直しが必要とされている。

 産業界においては、共同研究を進めるための枠組みが整備されておらず、浮体式洋上風力における主要課題に関しても、個別の研究公募に重点を置く傾向が強いのが現状である。一方で、大学や研究機関においては、洋上風力の技術革新を長期的に支えるための持続的な資金やインセンティブが不足している。

 日本には、英国の Carbon Trust16が主導する共同産業プログラム( Joint Industry Programs, JIP)や、ノルウェーの試験施設を中核としたエコシステムのように、共同で技術的な課題の解決に向けて官民が取り組むための連携型の仕組みが存在しない。

 このままでは、日本は浮体式洋上風力という、国際的な競争が急速に激化している分野において、競争力を失うリスクがある。それは、気候変動対策における国際的責任を果たせないだけではなく、経済再生に向けた重要な機会をも逃すことにもつながる。

なぜ重要なのか:「イノベーション・ギャップ」の解消

 浮体式洋上風力は単純に着床式の応用型ではない。ダイナミックケーブルの設計や、洋上における風車の安定性確保など、独自の技術面・コスト面・運用面での課題が存在する。

 さらに、浮体式洋上風力のコスト削減には、大量生産による規模の経済の確保が不可欠であり、着床式とは異なる市場構造の構築が求められる。真のコスト競争力を確立するためには、自動車産業のように、受注生産から量産設計、ファブレスデザイン開発へと進化していく必要がある。

 浮体式の市場は世界に拡がっている。グローバル市場で競争力のあるプロジェクトを構築するためには、こうした産業構造の変革を支えるイノベーション・エコシステムの整備が不可欠である。

 現状のままでは、日本の浮体式洋上風力プロジェクトは、他国の市場との比較において、コストパリティを達成することが難しく、日本全体のエネルギー転換の達成にも影響を及ぼす可能性がある。

日本への提言

 近年、日本においてもFLOWRA17の設立をはじめとして、ノルウェー、英国、オランダ、デンマークといった洋上風力先進国との国際的な R&D 連携が強化されつつある。今後、さらなるイノベーション・ギャップの解消に向けて、以下の取り組みを推進することを提言する。

  • 浮体式洋上風力の実証・評価を可能とするテストセンターの整備
  • 浮体式洋上風力に特化した、ミッション志向型イノベーション基金への移行
  • JIP や Hywind Tampen のような長期的な洋上風力の技術基盤となる研究開発を可能とするプログラムやプロジェクト作り

結論

 浮体式洋上風力は、日本が世界市場においてリーダーシップを確立し得る、数少ない戦略的産業機会のひとつである。

 そのポテンシャルを現実のものとするためには、単なる入札制度や補助金を超えた、持続可能な、真のイノベーション・エコシステムの構築が不可欠である。

 ノルウェーの事例は、そうした取組が実現可能であることを示している。日本は今こそ、自らの意思で道を切り拓くべき時である。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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