2025年3月から4月にかけて実施された、国土交通省の「船舶法施行細則の一部を改正する省令案」に関する意見募集に対し、4月9日、自然エネルギー財団は、意見を提出しました。以下に、提出した意見について、加筆し公表します。 |
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国交省は、2025年3月10日から4月9日までの1ヶ月間、「船舶法施行細則の一部を改正する省令案」1への意見募集を行った。今回の省令改正案では、自国の沿岸輸送は自国船に限るという「カボタージュ規制」2に関わる特別許可3手続きについて、「事業者の予見可能性を高める観点から、一定期間内の不開港場4寄港又は沿岸輸送について一括して特許を申請できることや、その場合の申請書の提出先に関し、特許に係る手続の明確化を図るべく、細則において所要の改正を行う」こととしている。
こうした動きは、洋上風力事業者にとって、特許取得手続きに関わる煩雑さを解消し、必要な作業船の確保に向けた一定の前進と評価できる。しかしながら、改正案は、現行制度の一部に対する改善にとどまっており、洋上風力発電の導入加速に向けて鍵となる特許制度全体の予見可能性および実効性の向上には、依然として課題が残されている。
自然エネルギー財団は、以下の理由により、洋上風力発電の建設に向けて、より合理的な改革がなされることを望む。
1.外国籍船の活用の必要性
洋上風力発電の建設および保守には、モジュール船、SEP船、DP船、ケーブル敷設船といった、高度な機能を有する専門的な作業船の確保が不可欠である。しかし、国内にはこれらの船舶が著しく不足しており、新造には通常3年以上を要し、かつ、巨額の初期投資を伴うことから、短期的な対応は困難である。加えて、世界的にもこうした特殊船舶の需要は急激に増加している。国際的な確保競争は激化しており、多くの船舶がすでに数年先まで予約が埋まっているのが現状である。
一方で、現時点の日本においては、着床式洋上風力の建設スケジュールが明確に示されておらず、将来的には浮体式への移行が見込まれている。そのため、船舶事業者にとっては、着床式に対応した特殊作業船を新造したり、日本籍へ転籍したりする動機は乏しいのが実情である。
さらに、現行の入札制度においては、入札時点での船舶確保が求められるため、船舶確保のリードタイムが4年以上と長くなってしまう。実際の利用が確定していない段階で、外国籍の船舶を日本籍に転籍し、そのまま4年以上確保し続けることは、現実的には極めて困難である。
洋上風力発電は、5年から8年をかけて数千億円規模の投資を要する事業であり、必要な時期に必要な船を確実に確保できる制度的裏付けが、投資判断や資金調達の基礎的な前提となる。「数年後には船があるかもしれない」というだけでは、プロジェクトの組成は不可能である。
このような状況では、日本が必要な船舶をすべて国内で保有することは非現実的であり、プロジェクトの資金調達や建設時期の柔軟性を確保するためにも、外国籍船の柔軟な活用が不可欠となる。
また、特殊作業船の調達は洋上風力建設コストの大きな割合を占めており、選択肢が限られることでコスト高止まりや競争原理の不全が生じている。外国籍船の活用を可能にすることで、船舶市場に競争原理を導入しコスト低減を図るとともに、洋上風力開発事業者に対する、過度な交渉力の行使を抑制することが可能となる。
船舶の選定について、事業者が合理的に対応出来るような、柔軟な仕組みが必要である。
2.現行の特許制度における課題
国交省が求める現在の沿岸輸送に関する特許制度にはいくつかの課題がある。
まず、手続が不透明で要件が抽象的である。どのような条件で特許が付与されるかを事前に予測しにくいため、施工時の状況に基づいて判断される現在の運用では、数年前からの計画立案やファイナンス組成が困難である。さらに、船舶ごとに個別申請が必要であり、事業者にとって大きな負担となっていることなどである。
3.カボタージュ規制との整合性
カボタージュ規制の目的は、1)安全な輸送の確保、2)国内海運業の保護、3)安全保障、である。しかし、洋上風力の建設・保守に用いる作業船は、港湾間の輸送を伴わず、発電所内に停泊して作業することが多く、1)の安全性への懸念は限定的である。また、2)についても、従来内航業者が取り扱ってこなかった新たな分野であり、既存市場への侵害には当たらない。
この分野を通じて、新たな知見・技能の獲得や人材育成が期待され、中長期的には国内海運業の成長にもつながると考える。
4.日本籍船化による対応の限界
外国籍船を日本籍へ変更することでカボタージュ規制を回避する案もあるが、現状の日本市場は、規模・収益性の面で外国に比較し相対的に魅力が乏しく、船主にとって転籍のインセンティブが低いため、現実的ではない。手続面やコスト面のハードルも高く、結果的にプロジェクトコストを押し上げる可能性がある。外国籍船の柔軟な活用は、プロジェクトの確実な実施およびコスト低減の観点からもっとも即効性のある有効な手段である。
5.改正案に対する評価とさらなる改善の方向性
今回の省令改正案では、「手続の簡素化」が示されているものの、「判断の迅速化・予測可能性の向上」という、より本質的な改革には踏み込めていない。特に、洋上風力の導入は国のエネルギー安全保障・経済成長・カーボンニュートラル達成の観点から不可欠であり、その実現のためには、「戦略的・体系的な制度設計」が必要である。加えて、将来の需給見通しやプロジェクト規模に応じた包括的特許の枠組み、また、予測に基づく先取り的判断を可能とするスキームが重要である。
具体的には、対象となる特殊船の種別ごとの稼働実績や建造計画、地域ごとの稼働見通しなどを政府が集約し、半期ごとなどの定期的な見通しとして公表することで、透明性と予測性を担保することなどが考えられる。
1)将来予測に基づく特許判断の導入
中長期の事業計画を前提とした制度設計として、将来の船舶需給予測に基づいて事前に特許の可否判断がなされるべきである。
2)判断の透明性向上と情報の公表
政府が主体となり、将来の船舶需給見通しに関する情報を収集・分析し、公表することで、事業者が予見可能な形で計画を立てられるようにするべきである。
3)マッチングプラットフォームの創設
国内外の船舶稼働情報を可視化するマッチングシステムを構築することで、特許の必要性を合理的に判断できる環境を整備すべきである。情報開示のハードルはあるものの、公的セクターが中立的に運営することで実現可能性が高まると思われる。
4)必要な船舶の特定と洋上風力建設タイムラインに合わせた柔軟な対応
発電所の建設に不可欠で、かつ代替が困難な特殊作業船については、時限的に特許を付与する運用とする。特許の申請に対して、国が自国船籍船によるサービス提供者の有無を確認し、なければ特許を付与する簡素な仕組みを導入する(例:台湾において2025年2月より運用が始まった「洋上風力開発のための船舶規制」など)。
5)外国人船員の在留資格に関する見直し(いわゆるマルシップ方式5)
洋上風力の建設・保守には、特殊作業船だけでなく、高度な専門性を持つ人材も必要とされるが、国内では、こうした専門的な人材は限られており、そのため外国人船員の専門性が求められているのが実情である。
現状、日本籍船に外国人船員が乗船する場合、法的根拠が不明確な、60日以内の滞在(「60日ルール」)しか認められていない。そのため、一度海外の港に寄港してから再び日本に戻ることが必要であり、日本籍船であっても、作業を一時中断して海外に出るという、非効率な方法がとられている。その結果、作業日数やコストが増加している。
洋上風力建設の実態に即して、例えば、「90日から120日程度」の現実的な日数設定を設け、外国人の専門性を活用した、日本人船員の育成や移行期間を考慮する、柔軟な制度運用を検討する必要がある。
6)特許制度・特区の創設による制度運用
これまで述べたように、現行制度のもとでは、洋上風力発電事業に必要な特殊作業船や関連人材の確保において、外国籍船舶や外国人船員の活用が困難な状況にある。
これらの制度上の制約は、全国一律の制度改正によって改善されることが望ましいが、関係法令や省庁間の調整が必要であり、実現には相応の時間を要する可能性がある。
そのため、制度改革の先行的な試行として、国家戦略特区や構造改革特区等の枠組みを活用し、代替が困難な特殊作業船については、特定の地域や海域における以下のような制度の導入が考えられる。
洋上風力に関わる外国籍特殊作業船の包括的な利用認可制度の試行、外国籍船員に対する在留資格の柔軟な運用・特例措置の導入、関係手続(特許、入出港手続、在留申請等)の簡素化およびワンストップ化、港湾・運輸局等による裁量判断の透明化・迅速化のためのガイドライン整備などである。
こうした特区的制度改革は、地域の産業集積や地方自治体の意欲的な取り組みと連携しやすく、政策の実効性や柔軟性を高めるうえで有効である。
洋上風力発電の加速的導入は、日本のエネルギー政策および脱炭素戦略の中核であり、制度的なボトルネックの解消は喫緊の課題である。今回の省令改正案は一定の前進ではあるが、将来予測に基づく特許判断制度の導入、制度運用の透明性向上、合理的な在留資格制度の構築、あるいは特区における地域限定の先行的取組の実施など、抜本的な制度設計の見直しが求められる。
- 1国土交通省海事局外航課「船舶法施行細則の一部を改正する省令案について」(2025年3月)
- 2船舶法第3条(明治32年法律第46号)の規定に基づいて「法律若しくは条約に別段の定めがあるとき、外国籍船は海難若しくは捕獲を避けようとするとき又は国土交通大臣の特許を得たとき以外は、日本国内の港間における貨物又は旅客の沿岸輸送を行うことが出来ない」とされている。つまり、例えば、外国籍船は「東京から大阪」へ物を運ぶのは禁止、である。
- 3外国の船が日本国内で輸送などの仕事をするために、国(国交大臣)から特別に許可(特許)をもらうことを指す。
- 4関税法(昭和 29 年法律第 61 号)に規定する「開港」以外の本邦内水及び領海。
- 5日本籍船に外国人船員が乗船する場合は、60日以内に海外港に寄港する取扱いのこと。