カーボンプライシングが欧州の電力セクターの脱炭素を加速

ロマン・ジスラー 自然エネルギー財団 上級研究員

2024年12月19日

in English

 EU(欧州連合)の電力セクターは、10年後にはカーボンフリーになるだろう。この重要な目標を達成することによって、化石燃料の輸入価格の変動と供給の混乱から逃れることができ、経済の発展とエネルギー安全保障を脅かされることもなくなる。とりわけ世界の地政学の不安定さが増している状況においては重要なことである。

 EUの電力セクターを脱炭素化するうえで主要な施策の1つが、EU ETS(Emissions Trading System、排出量取引制度)である。2024年の平均のカーボンプライスはCO2(二酸化炭素)換算で1トンあたり平均65ユーロ(約1万円、1ユーロ=約160円で換算)になっている。カーボンプライスを加えることによって、既設の石炭火力・ガス火力の発電コストは新設の太陽光・風力の発電コストの2倍になった。

 カーボンプライシングは太陽光や風力などの脱炭素技術に多くの資金をもたらし、より利益を出せるようにする効果がある。このような望ましい進展は日本がカーボンプライシングの施策を実行するうえで示唆を与えるだろう。日本は危険なほど化石燃料の輸入に依存しているわけで、そうした状況を改善することが期待できる。

EU ETSの基本的な機能1

 EUのすべての加盟国(27カ国、2024年12月時点)のほかに、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた30カ国がEU ETSに参加している。EU ETSは2005年に始まった世界で初めてのカーボン取引市場である。2021年には第4フェーズに入り、2030年に終了する予定だ。

 第1フェーズ(2005~2007年)では、電力と熱の生産および工業生産が対象だった。第2フェーズ(2008~2012年)の最後に航空が加わり、2024年には海運も対象に加えられた。これら4つのセクターを合わせると、EUのGHG(温室効果ガス)の排出量の40%程度に相当する。

 さらに2027年から、「ETS2」が始まる。建築物と陸上交通によるGHGを対象に、従来のETSとは別に運用する予定である2

 EU ETSは「キャップ&トレード」の原則を採用している。キャップはすべての参加国が排出可能なGHGの上限をもとに設定する。CO2換算で1トンの排出権を「1排出枠」として割り当てる。キャップはEUの気候目標(2050年までにカーボンニュートラル、2030年までに1990年比でGHG排出量55%削減)と整合するように毎年減らしていく(図1)。時間の経過とともに排出量を確実に減少させるためである。

図1:EU ETSの排出枠のキャップ(電力・熱生産、工業生産、海運)
出典: European Commission, 2013-2020- EU ETS Handbook (2015年)、2021-2024- Functioning of the European Carbon Market in 2023 (2024年11月)

 排出枠のオークションは共通プラットフォームの「European Energy Exchange(欧州エネルギー取引所)」で年に数回の頻度で実施する。排出枠の価格は需要と供給で決まる。

 2022年を例に挙げると、フランスで多数の原子力発電所が運転を停止し、ドイツで原子力発電が段階的に廃止になり、欧州全域で干ばつが発生したことによって、原子力と水力による電力の供給量が大幅に減少した。脱炭素の電力の減少は石炭火力と石油火力による発電を増加させることになり、結果として排出枠の価格高騰をもたらした。2021年の53ユーロ/トンから、2022年には80ユーロ/トンに上昇した(図2)。

図2: EU ETSの排出枠の取引価格(2024年12月10日時点)

出典: Fraunhofer ISE, Energy-Charts, Average Spot Market Prices (2024年12月10日時点)

 企業によっては無償の排出枠を与えられる場合がある。製鉄や化学など、カーボンリーケージ(規制の厳しい国から緩い国へ産業が移転することによる世界全体の排出量の増加)のリスクが大きい産業が対象になる。無償排出枠の量は各産業のカーボンリーケージのリスクに基づいて決定する。

 EUでは2026年からCBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism、炭素国境調整メカニズム)を本格的に導入するのに伴って、無償枠を段階的に廃止していく3。CBAMの目的は、輸入品のカーボンプライスをEU ETSの価格と同等に保つことにある。

 EU ETSに基づいて、企業は毎年の排出量を計測・報告したうえで、年間の排出量に対して十分な排出枠を償却(無効化)しなくてはならない。排出量をクレジットでオフセットすることは認められない。この要件を満たせない場合には、重い罰金が科せられる。期限までに排出枠を償却しないと、1トンあたり100ユーロの罰金を排出枠の市場価格に上乗せして徴収する4

 2024年4月1日の時点で、世界のGHG排出量の24%がカーボンプライシング(排出量取引制度と炭素税)の対象になっている5。このうち4分の3以上は排出量取引制度が占めていて、カーボンプライシングの手法として最も広く使われている。

 対象とするGHG排出量の規模において、EU ETSは2023年の時点で世界第2位の排出量取引制度である。中国の排出量取引制度が最大で、EUの次は韓国である(表1)。いずれの排出量取引制度においても、排出枠の取引プラットフォームを使用する。EUと韓国では相対取引を認めているが、中国では認めていない。

表1: 世界の3大排出量取引制度の比較(2023年)

出典: International Carbon Action Partnership, Emissions Trading Worldwide Status Report 2024 (2024年4月)

 2023年のEU ETSの排出枠の価格は、中国・韓国と比べて9~11倍も高かった。排出枠の価格が高いほうが、排出削減を促進するうえで強力だ。排出枠の割当方法を厳しくするほど、価格は高くなる。EUでは排出枠の半分以上をオークションによって有償で割り当てているが、中国と韓国では排出枠のすべて、あるいはほぼすべてを無償で割り当てている。

 参考までに、日本が2012年に開始した化石燃料の輸入事業者に対する炭素税は1トンあたり289円(約2ドル)である。極めて低い水準で、効果はほとんど期待できない。

火力発電のコストはカーボンプライスで太陽光・風力の2倍に

 EUの石炭火力とガス火力の発電所は2021年に、2つの大きな障壁に直面した。高い燃料価格とカーボンプライスである(図3)。

図3: EUの石炭火力・ガス火力(既設)の発電コスト
出典: Ember, European Electricity Prices and Costs (2024年12月10日時点)

 石炭火力とガス火力の発電コストの大半を燃料が占める。2021年に新型コロナウイルスの感染が収束して世界の経済が回復すると、化石燃料の価格上昇が始まった。さらに2022年にロシアがウクライナに侵攻したことで価格は急騰した。その後は半分以下の価格に低下したものの、EUや日本などの輸入国では現在も高い状態が続いている。

 カーボンプライスは石炭火力やガス火力で発電することに伴う外部不経済(環境汚染)を内部化(事業者が負担)するもので、発電コストに上乗せする形になる。

 2021年にEU ETSの排出枠の上限(キャップ)を大幅に引き下げたことによって(図1を参照)、排出枠の取引価格は急激に上昇した。

 2024年になって取引価格は低下した(図2を参照)。自然エネルギーの発電電力量の増加と原子力発電の回復が主な要因と考えられる(現時点では2024年のデータが十分に得られていないため詳細に分析することはむずかしい)。脱炭素電源による発電電力量が増加すれば、化石燃料による発電電力量を減らすことができる。その結果、排出枠の需要が低下して、排出枠の価格も低下すると考えられる。

 2024年には燃料コストが大幅に下がったにもかかわらず、既設の石炭火力とガス火力の総コストは新設の太陽光や陸上風力と競争できる状況にはなく、原子力と比べてもコストは高い(図4)。

図4: EUにおける発電技術別のコスト(2024年)
出典: 太陽光と陸上・洋上風力- BloombergNEF, Levelized Cost of Electricity 2023 H2 (2023年12月) [要契約]、原子力- French Energy Regulatory Commission, Production Cost of EDF's Existing Nuclear Fleet (2923年7月) [フランス語]、石炭とガス- Ember, European Electricity Prices and Costs (2024年12月10日時点)

 EUのカーボンプライスは2024年に平均65ユーロ/トンで推移している。すでに成熟してコストが低下した脱炭素発電技術のほうが、明らかに経済的に有利になる。特に石炭火力は排出量が0.83トン/メガワット時と多く、カーボンプライスの影響を大きく受ける。ガス火力の排出量は0.37トン/メガワット時で、石炭火力と比べれば影響は小さい。

カーボンプライシングが脱炭素技術に資金と利益をもたらす

 EU ETSのオークションの収入は2023年に436億ユーロにのぼった6。このうち4分の3以上は参加国の国内の予算になる。この予算は自然エネルギーやエネルギー効率化など、GHG排出量の削減に貢献する脱炭素技術に対する投資を支援する目的で使わなくてはならない。2023年の参加国の使途を見ると、主に電力セクターの脱炭素化(自然エネルギーの供給、系統、蓄電池など)のほか、公共の交通と移動手段に投資している。

 このほかにEU ETSの収入は、EUの2つの脱炭素ファンドを支援するために使われる。「近代化基金(Modernization Fund)」と「イノベーション基金(Innovation Fund」で、2023年は近代化基金に多く振り向けられた7

 近代化基金はEUの加盟国のうち、低収入の13カ国(ブルガリア、チェコ、エストニア、ギリシャ、クロアチア、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スロバキア)に対して、エネルギーシステムの近代化とエネルギー効率の改善を支援するものである8

 もう1つのイノベーション基金は、革新的な脱炭素技術(水素、二酸化炭素回収・利用・貯蔵など)の商用化を支援する。助成金によってプロジェクトのリスクを回避することが目的である9

 カーボンプライシングは脱炭素技術を進展させるだけではなく、脱炭素技術の収益を向上させる効果もある。

 メリットオーダーの原則に基づくEUの電力セクターにおいては、限界費用(発電電力量を増やすために必要な追加コスト)の低い順に発電所をランク付けして、低い発電所から供給と需要を一致させていく。最後に供給と需要が一致した時点で、限界費用が最も高い発電所の供給価格が取引所の市場価格になる。通常は燃料コストの高い石炭火力やガス火力が市場価格になる。

 さらにカーボンプライシングによって、化石燃料による火力発電の限界費用は増加して、取引所の市場価格を上昇させる。市場価格が高くなるほど、限界費用の低い脱炭素電源の利益が増える。EUで新設の太陽光や陸上風力の導入が加速している理由の1つである。

 電力の市場価格が高くなると、消費者が支払う小売電気料金も高くなるため、望ましいことではない。ただしEUの電力市場価格の高騰は一時的なものである。2023年には新設の安価な自然エネルギーが火力発電を代替した(図5)。その結果、市場価格とGHG排出量ともに減少している(図6)。

図5: EUの発電電力量と電源構成
出典: Energy Institute, Statistical Review of World Energy 2024 (2024年6月)

 

図6: EUの電力セクターのGHG排出量と電力市場価格
出典: GHG排出量- Ember, European Electricity Review 2024 (February 2024)、電力市場価格- BloombergNEF, EU Power & Fuel Prices (February 2024) [要契約]

 このようにカーボンプライシングによって、経済と環境の好循環が生まれている。EUの実例は日本にとって良いお手本になる。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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