国際エネルギー機関(IEA)は2024年10月16日、「World Energy Outlook(WEO)」の最新版を公表した1。WEOは同機関の代表的な年次出版物であり、世界のエネルギー情勢の分析と予測に関する最も認知されている情報源である。本コラムでは、そのWEOで明らかにされた3つの主要なポイントを提示する。第1に、2050年には世界の発電量の70%以上が自然エネルギー由来になると見込まれる。一方で、他の脱炭素技術(原子力、水素・アンモニア、二酸化炭素の回収・利用・貯留〈CCUS〉付化石燃料)は、それよりもはるかに少ない。第2に、産業部門や運輸部門も含め、脱炭素化を進める最も効率的な方法は電化である。第3に、日本は中東産の石油への依存度が高い上、クリーンエネルギー技術の国内生産を推進する取り組みが不十分なため、日本のエネルギー安全保障の見通しは脆弱である。
2050年には、世界の電力の73~88%が自然エネルギー由来に
IEAはWEO2024の枠組みの中で、2050年までの経路を示す3つのシナリオを作成した。
- 既存政策シナリオ(STEPS)は、現在決定している政策を詳細に評価し、それに基づいて今後のエネルギーシステムの方向性を示すシナリオである。
- 公約シナリオ(APS)は、エネルギーや気候に関する各国の全ての公約(長期的な排出量ネットゼロ目標を含む)が期限内に、かつ完全に達成された場合に、エネルギーセクターがたどるであろう経路を示すシナリオである。
- ネットゼロ排出シナリオ(NZE)は、2050年までに世界のエネルギーセクターが二酸化炭素排出量ネットゼロを達成した場合の道筋を示すシナリオである。これは世界の平均気温の長期的な上昇を1.5℃までに抑えるという目標に沿ったものであり、同時に、2030年までにエネルギーへの普遍的アクセスを確保し、大気の質を改善するという目標も達成されるものである。
2050年までを対象とした上記シナリオのいずれにおいても、自然エネルギー(太陽光発電、風力、水力、バイオエネルギー、集光型太陽熱発電、地熱、海洋エネルギー)は世界の発電量の大半を占め、2023年の30%から3~88%まで増加する(図1)。中でも、安価な太陽光発電と洋上・陸上風力発電の増加幅が最大になると見込まれる。
自然エネルギー以外の脱炭素技術、すなわち原子力、水素・アンモニア、CCUS付化石燃料(石炭と天然ガス)の割合は、2050年にはわずかなものとなる。
原子力の割合は10%弱で安定的に推移しそうだ。アンモニア・水素、CCUSを伴う化石燃料は、多くても1%に達する程度だと思われる。
図1:2023~2050年の世界の電源構成
この予測には、脱炭素化に向けたさまざまな代替発電の技術的成熟度や、すでに実証されたコスト競争力がよく反映されている。
コストについてさらに詳しく見ると、最も保守的なSTEPSシナリオでは、太陽光発電の価値調整済み電源別発電単価(VALCOE:発電コストと統合コストを含む指標)は2050年時点で1MWh当たり40~70ドルと試算されている。これに対し、原子力発電のVALCOEは同じく2050年時点で70~110ドル/MWhである。
従って、電力セクターのあらゆる脱炭素戦略において自然エネルギーが基盤技術となることは明らかである。
最もコスト効率の高い脱炭素化戦略は電化
全てのシナリオで、最終エネルギー消費における電力の割合は2023年の20%から2050年の32~55%へ、大幅に増加すると見込まれる(図2)。
電力消費が増加(2050年までに世界全体で85~107%増加)するのは、電化が脱炭素ソリューションとして最もコスト効率が高いからである。IEAの予測では、電力は冷暖房や移動手段、モーターや電化製品の動力源として、また、重工業向け電解水素の現地製造に使用される。
図2:世界の最終エネルギー消費における電力の割合
その結果、産業部門や運輸部門の脱炭素化において、電力が占める割合は、CCUS付化石燃料や水素を大幅に上回ると予測される(図3、図4)。
図3:世界の産業部門の最終エネルギー消費に占める代表的な脱炭素技術の割合
図4:世界の運輸部門の最終エネルギー消費に占める代表的な脱炭素技術の割合
すなわち、自然エネルギーは電力セクターの脱炭素化に最適であるばかりでなく、自然エネルギー由来の電力は産業や運輸部門の脱炭素化にも最適なソリューションとなる。
日本の将来に関する記述は少ない
日本に関する知見を得たくても、今年のWEOで適切な情報を見つけることは難しい。日本に関する情報は量的にも質的にもかなり限定的であり、また、予測が日本と韓国の合算で示されているものもある。
このように日本の情報が見えにくいことは、世界のエネルギーシステムの将来像を描くにあたって日本の影響力が低下している兆候と捉えることができるかもしれない。日本の政策決定者は、この点を懸念して然るべきである。世界では現実にエネルギー革命が進行中である。その革命の特徴は、地球環境の持続可能性強化に向けて、生産者も消費者も享受できる、これまでになかったほどの経済的機会にある。日本はこのエネルギー革命をまだ十分に認識しておらず、世界から取り残されるリスクが現実のものとなっている。
IEAがエネルギーの安全保障を主要テーマのひとつに選んだ今年のWEOでは、日本に関する2つの事実が言及されているが、ここでもそれらを強調しておきたい。
第1に、日本は中東からの石油の輸入に大きく依存している(2023年は約80%)。エネルギー供給量で見ると、石油は最大のエネルギー源である。またIEAは、イスラエルと近隣諸国の外交関係が深刻な緊張状態にあることを明言はしないものの、「中東における紛争激化のリスクは明らか」と述べている。これは切迫した課題であり、看過することはできない。
第2に、日本はクリーンエネルギー技術の国内生産を推進する資金的支援が際立って不十分である(図5)。国内生産への直接的なインセンティブ(税控除や補助金)は経済安全保障推進法とグリーントランスフォーメーション政策を合わせても30億ドルに過ぎず、米国のさまざまな施策(インフレ抑制法が有名)の510億ドルに比べて極端に少ない。また、中国とEUの推進策の予算はどちらも約250億ドルである。各国と日本にこれほどの大差があるのは、日本政府に産業ビジョンが極端に欠けていることの表れであり、日本はその視点を早急に持つ必要がある。
図5:主要国・地域における国内生産に対する直接的なインセンティブ(2020年以降)