1.はじめに
カリフォルニア州が脱炭素に向けて、また数歩先をいく政策を導入した。カリフォルニア州は、既に2019年の建築省エネルギー基準改正で、全ての低層住宅に対し、新築時に太陽光システムの導入を求めることを定め、2020年1月1日から施行している。建築基準の改正は3年ごとに行われているが、昨年決定1された2022年改正では、太陽光発電導入義務は、低層住宅だけでなく、ほぼ全ての非住宅建築物、低層以外の集合住宅に拡大された。今回の改定では、さらに、蓄電池の導入義務や、電気ヒートポンプ機器導入の義務・奨励、そして「オール電化レディ」(ガス機器を使う場合には、いつでも電化ができるように配線等の電気設備を整えておく)義務を加え、オンサイトの自然エネルギーを最大限に活用し、ガスを使わないオール電化へステップを踏み出した。この改正は新・増・改築建築物を対象に2023年1月1日から施行される。
2.カリフォルニア2022建築物エネルギー基準の改正ポイント
・太陽光発電設置義務を非住宅建築、高層建築へ拡大・蓄電池設置義務、または設置レディの義務
・電気ヒートポンプ機器の奨励(一部義務)
・ガス機器を使用する場合は、オール電化レディの義務
(1) 太陽光発電義務の拡大と導入義務量等
2022年改正では、太陽光発電(PV)の導入義務の対象は、低層住宅(戸建住宅基準に改定)から、それ以外の住宅(集合住宅基準)、住宅以外の用途(非住宅基準)2へと拡大された。低層住宅での施行(2020年1月)以前に、2022年改正プロセスが始まっているので、低層住宅への施策の効果を見ての拡大というより、当初から2段階で対象を広げていく計画であったといっていいだろう。
導入義務量は、既に始まっている戸建住宅に対する制度と同じ考え方で、対象建築物の電気消費量(暖房・給湯以外の冷房・照明・コンセント用途分)をオフセットすることを目安としている。仕様基準と、性能基準があるが、仕様基準では、下記の式から算出され、aとbのうち、小さいほうが基準となる。
a 空調床面積×係数3(気候ゾーン4 、用途により0.39~3.8)
b ソーラー・アクセス屋根面積(SARAs)5×14W/ft2
a式は、気候ゾーンを前提に、各用途から建築物の標準的エネルギー消費量を考え、導入の必要量を算出する。加えて、bで、屋根の日照等を考慮した最大搭載量を算出し、aのうち、可能な量を最低基準とする。
導入義務量が戸建住宅で1.8kW、非住宅および集合住宅で4kWに満たない場合、また、連続した搭載可能屋根面積が80ft2(約7.4m2)より小さい場合、降雪負荷対応のための特別許可を得た屋根などは例外とされる。ソーラー・アクセス面積による搭載可能量の考え方は今回戸建住宅にも適用された。
一方、性能基準を選択する場合は、まず、「エネルギー予算」を算定する。気候ゾーン、用途を前提に、当該建築物のエネルギー効率化対策(断熱や機器の効率)、蓄電池の導入、その他のデマンドレスポンス対策なども含めてその建物で必要なエネルギー消費量をコンピュータモデルによって算定する。
電力使用の時間帯も含めてスコア化され、送電網がガス発電所を使用しなければならない時間帯の電力需要を回避できるよう、システムサイズが決定される。1ft2当たり14WのPV設置を可能として、SARAsから割り出した屋根への搭載可能量と比較して最終導入義務量が決まるのは仕様基準と同様である。
性能基準を選ぶと、エネルギー効率化対策、蓄電池導入量が基準より高いレベルであれば、クレジットを得ることができ、その分をPV導入義務量の緩和に使える。ただし、その逆―大きなPV設備導入しても断熱や省エネ対策基準の緩和は、認められない。
またコミュニティの共有する太陽光発電として、敷地外に太陽光等の自然エネルギー発電施設を設置して6、義務量をオフセットすることも可能であり、柔軟な対応が可能となっている。
(2)蓄電池設置義務と蓄電池レディ義務
PVだけでなく、蓄電池の設置義務も導入された。今回対象となっているのは、非住宅建築物と高層集合住宅である。やはり仕様規定と性能規定があり、仕様規定では、導入義務量は、下記c式でPVの容量をもとに、用途ごと、気候ゾーンごとの係数が設定され、放充電の効率も考慮して義務基準が算定される。
c 導入義務量(kWh)=PV導入義務量×係数(1.68[オフィス等]~0.93[倉庫等])×効率係数
性能規定では、前項のa式により算出したPV容量を基に、建物で使用される燃料の選択とは関係なく、蓄電池の性能、コントロール方式、デマンドレスポンス対策等を考慮してモデル算定される。7
仕様規定、性能規定どちらであっても、蓄電池の要件として、5kWh以上導入すること、4000サイクル後の容量が定格の70%を確保していることの10年保証、制御方法として、基本制御、使用時間制御(TOU)、高度な需要応答制御が可能であること、等がある。また、仕様規定では充放電サイクルの効率が80%以上という要件もある。
戸建住宅には、将来の蓄電池設置に備えて、「蓄電池レディ」とする義務が導入された。将来蓄電池設置が容易にできるよう、配線回路やサブパネル、自律運転用の切替回路などを設置して備えておかねばならない。分岐回路は、少なくとも4つ用意し、そのうち3つはサブパネルから冷蔵庫、避難口近くの照明、寝室用のコンセントに供給するように設定するなどの要件が決められている。
(3)ヒートポンプ機器の導入義務と奨励
今回の改正は、電気ヒートポンプ機器を建築物の暖房、給湯用として強く推奨している。エネルギー効率が他の機器と比較して各段に優れており、また天然ガスからの燃料転換を促すという意味がある。
空調については、温暖な気候ゾーン8の戸建て住宅で、電気ヒートポンプによる暖房が義務付けられ(仕様規定)、そのエネルギー効率を前提として性能規定の基準が設定されている。
給湯器については、戸建住宅では電気ヒートポンプか太陽熱給湯器(補機が電気によるもので、太陽熱が70%以上)でなくてはならない(仕様規定)9。また性能規定では、ヒートポンプ給湯器を前提として最低基準が設定されている。集合住宅は、3階以下とそれ以上では、少し異なる気候ゾーンで10、ヒートポンプ給湯機の導入が求められるが、浴室については、個別のガス式小型瞬間給湯器の導入も可能である。
非住宅建築物では、小規模の校舎は導入義務11、ホテル・モーテルでは、集合住宅と同様、個別の瞬間給湯器の導入は許される。
これ以外の非住宅用途については、大型のガス給湯システムの導入が可能である。ただし、ガス給湯システムを使用する場合は、熱効率90%以上としなければならない。もちろんヒートポンプ機器にも効率基準がある。
(4)オール電化レディの義務
戸建て住宅については、ガスによる暖房、給湯器、レンジ、洗濯乾燥機を導入する場合は、ガス機器の使用を止めても、すぐに電気機器に変更できるよう、「電化レディ」対策が義務化された。これらのガス機器から3フィート(約1m)以内に将来交換する電気機器用専用の分岐回路を設置しなくてはならない。また、主たる分電盤に将来使用する電気機器に対応するブレーカー用の専用スペースを設けること(ブレーカーを設置する必要はない)、また給湯器用のブレーカーの横には240Vへの変換器用のスペースを設けること等、機器に応じた電気容量、回線、パネル等の設置要件が求められる。
この規定により、設計者・エンジニアは、ガスを使う設計だけでなく、住戸全体をオール電化として電気設備の検討をしておく必要があるということだ。
3.カリフォルニア州太陽光発電・蓄電池導入義務の特徴
2019年および2022年改正による、カリフォルニアの太陽光発電・蓄電池の設置義務制度の特徴のうち日本にとって参考になる点を挙げてみたい。
(1) 州の脱炭素目標達成に直結する建築エネルギー基準
カリフォルニア州はGHG排出削減目標を、2020年までに1990年レベル、2030年までに1990年レベルから40%削減と設定し、その達成に向けて様々な政策を導入してきた。建築分野では、2020・30年の住宅・建築物のゼロネットエネルギー化目標が設定されている。建築物エネルギー基準はその最重要の対策として、3年ごとの改定スケジュールで、段階的強化が進んでいる。
太陽光や蓄電池の導入を、それぞれの住宅・建築物の「総エネルギー予算」の一部として、エネルギー基準により規制するのは斬新な手法であるが、目標とのリンクが明確であり、多くのステイクホルダーの協働で成り立つ建築プロセスを脱炭素化にむけて牽引していくのに適している。
「従来のエネルギー基準は、不経済、非効率、そして不必要なエネルギー消費を削減し、室内外の環境の質を高めることに注力してきたが、2019年以降の基準は、住宅建築の効率化と、再エネ導入基準の導入により電力消費をオフセットしGHG排出を削減することに焦点を当てる。」(Energy Code Ace, 2020)と、エネルギー基準により、省エネと自然エネルギーをセットにして、脱炭素化目標に向かう姿勢が明らかである。
(2)電力システムへの貢献
太陽光発電を建築に導入していくことは、州全体のカーボンニュートラルに重要な手段であるが、既に電力における自然エネルギーのシェアが、日本の約2倍、41%と高いカリフォルニアにおいては(2021年)、PVを増やす際にも電力グリッドとの調和が求められる12。地域のエネルギー、電力システム事情を考慮して、住宅・建築物のエネルギー需給自体が、電力システム、グリッドに調和・貢献することも建築基準の主要な目的となった。
そのため、太陽光発電の導入義務自体は、例えば、2000ft2(約186m2)の空調面積の戸建住宅に求められるPVの容量は、温暖なサンフランシスコで約2.4kW13、酷暑のパームスプリングスで4.6kWとなるが、平均では2.8kWである。実際2020年に導入されたPVの中央値は、5.7kWで、全米の中央値6.5kW(Berkeley Lab 2021)と比較して控えめなものとなっている。
「グリッドとの調和」14を増進する手段として、特に効果的な手段と期待されているのが、蓄電池の導入だ。今回、一部の用途と地域で義務化され、それ以外でレディ義務が課せられた。また、性能評価基準では、電力システムの柔軟性に貢献する手段としてクレジットが付与され、その分太陽光の搭載量を少なくすることができる。クレジットは、時間帯別料金(TOU)15を反映して時間価値を含んで算定され、蓄電池はTOUによる制御が要件となっている。
蓄電池以外でもデマンドレスポンス制御付きのヒートポンプ給湯機器が省エネと、柔軟性双方に貢献する手段として奨励されるなど、建築エネルギー基準で求められるデマンドリスポンス手法は今後さらに増大していくと考えられる。住宅・建築物の基本性能として、省エネ・創エネに加えて、操エネ=電力システムの柔軟性に貢献していくことは、脱炭素化時代の建築ルールとなった。
(3)将来の変化に対応し備える「レディ」手法
現在建築される建物のほとんどが、未だ脱炭素化時代の建築物として十分な性能を備えていない。一方で建築の寿命は長く、ロックイン効果を招きがちだ。建築エネルギー基準は、技術的に普及し、経済的に無理のないレベルで設定せざるを得ず、数年すると陳腐化するということを繰り返している。今回の改正でも、蓄電池や電気ヒートポンプ機器は、一部の用途や気候ゾーンで基準化できるレベルに達しているものの、まだ州全体でみるとコストや普及の点から義務化に至らなかったところもある。
その対応として「レディ」施策が展開されている。現在は導入できなくとも、近い将来、コストが下がったり、製品の幅が広がったりすれば、容易に導入できるよう、電気配線やその他の準備を求めるものだ。蓄電池レディ、ガス機器使用に対するオール電化レディや、今コミュニティソーラーでオフセットしている太陽光発電についても、PV設置に適した屋根を確保するソーラーレディが設定されている。
こうしたレディ施策は、新築の機会を逃さずに、少額の追加投資で将来の可能性を確保し、建物ストックを脱炭素化時代にも生き残るものとするために重要な政策手法となっている。
(4)州政府に先行する都市自治体等の先行条例:リーチ条例
カリフォルニア州が2019年基準で義務化を決める以前に州内の4市―ランカスター市、サンフランシスコ市、サンタモニカ市、セバストポル市では既に建築への太陽光発電の設置が義務付けられていた。
こうした自治体での早期の制度導入は、州の制度の成立にも影響を及ぼしたと考えられるが、重要な点は、州が自治体に対して、より高い水準の基準を設けることを奨励するシステムができていることだ。Reach Code((州を)超える/上乗せ条例)と言われるが、自治体による州の規定を超えた基準・規定導入を、州の規定の延長として積極的に認めるものである。自治体の先行的な取組みを生かして、気候対策、エネルギー効率化の動きを加速する狙いがある。州は自治体の自発的な規定強化の動きに対し、技術・立法等様々面から支援を行う。モデル条例やガイダンス、コスト効果分析レポート、立法に関わるフォーマット等を提供し、またリーチ条例を成立させた各自治体の情報共通のウェブサイトに載せて共有する等、人材も財源も限られる自治体にとって貴重な支援となっている。16
今回2022年基準に導入される「オール電化レディ」義務についても、サンタバーバラ、サンノゼ、サンフランシスコなど、州内の50以上の自治体が各々の電化推進(electric-friendly)条例を成立させ、州規定を超える規制を実現してきた。その内容や、活動が反映されているといえる。
4.さらにサスティナブルな制度構築へ
現在、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)では、ネットメータリングの制度改正を進めている17。ネットメータリング制度は、家庭用太陽光発電の余剰電力をクレジットとして、電力供給を受けるときに相殺して使える仕組みであるが、カリフォルニア州では1995年に導入された。余剰電力は、実質、小売価格で評価されることになる。太陽光発電の黎明期においては、導入インセンティブとして、需要を拡大し、産業を育成するのに大きな役割を担ってきた。その結果、カリフォルニアでは100万戸をこえる住宅に屋根置き太陽光発電が導入され、同時にPVシステムの設置費用も大幅に低下した。
しかし最近になって、電力価格が高騰し、カリフォルニア州の電力価格の高価格構造と、その負担の仕方が注目されるようになった。カリフォルニア州は、その大きさと地理的条件により、送配電の距離が長く、その投資や運用のコストが高くなることが指摘されており、電力価格は、従来からアメリカの中でも最も高い州のひとつである。最近の高騰の要因としては、まず世界的なエネルギー危機による天然ガスの高騰が挙げられる。発電用のガスのコストは電気料金を直撃する。加えてカリフォルニアに特有な理由として、近年連続して発生している大規模な山火事への対応が大きな負担となっている。山火事を監視することや、送電線の故障を検知して送電を遮断する対策、火災のリスクを減らすための移設や、早期交換、危険性の高い植生の管理など、非常に多くの対策を含み、それも増大しているという。また、火災による損害への補償も少なくなく、2019年には全米最大手のパシフィック・ガス&エレクトリック(PG&E)が破産法適用を申請しているほどだ。気候変動の影響が重くのしかかってきているといえる。気候変動の影響は、干ばつによるダム発電量の減少も引き起こし、それを補うためにもガス発電が必要になっていて、料金の高騰に拍車をかけているという。18
ネットメータリングシステムの改革が必要と言われるようになったのは、こうした高騰する価格を公平に負担しているかどうかという視点からだ。PVを導入している家庭は、買電量が少なくなり、PVを設置していない家に比べて、高騰する電力のコストを多く負担せずに済む。これまでのPV導入世帯が、比較的収入の高い層が中心であったことも、不公平という指摘を増すことになった。
現在提案されているNEM3.0によって、余剰買取分の評価額は現在より低くなり、時間帯別料金を反映させ、kW当たり8ドルという系統連系料金が設定される。また、期間も20年から15年に短縮される。太陽光発電導入のペイバックタイムは短くなるものの、今後は、約10年を目安にするとしている 。19
2020年から始まった制度では、一戸当たりのPV義務量は低く抑えられるとともに、蓄電池やDR対応機器へのインセンティブが織り込まれていたが、今回の2022年改定では、蓄電池やDRの可能なヒートポンプ機器の導入が義務化を含めて強力に推進され、グリッドへの貢献が重視されている。
このように、カリフォルニア州では、従来のように大きなインセンティブを伴わずとも、効果的な分散型電源として、着実に導入が進む方向を目指し、政策を進化させている。
おわりに
日本でも東京都で住宅供給事業者への太陽光発電設置義務の制度化が進行中である。カリフォルニア州の太陽光発電・蓄電池設置義務は、ハウジングメーカーを対象とする東京都提案とは異なり、個々の建築主に対する、より広範なものである。具体的な制度内容は日本と米国、東京都とカリフォルニアの状況の違いにより異なっているが、共に国家政府の政策に先駆けて導入し、気候変動対策をけん引する意義を持つという点で共通している。カリフォルニア州の制度は、気候も態様も多様な州全体の建築を対象に、着実に進行し、PVの年間導入量の増加として成果が見え始めている20。一歩先を行くカリフォルニア州の太陽光導入施策は、分散型エネルギーの方向性を示しつつ、先端的だが柔軟性に富む内容となっている。大いに学んでいくべきと思う。
図 カリフォルニア州の気候ゾーン