エネルギー基本計画の改定への期待

高橋 洋 都留文科大学 教授

2020年10月28日


 政府のエネルギー基本計画の改定の議論が、2020年10月13日から始まった。エネルギー基本計画は、3年に1度の改定が義務付けられており、今回は2018年5月以来の改定になる。1年後を目処に議論が進むと思われるが、今回の改定は日本のエネルギー政策にとって決定的に重要である。それは、日本がエネルギー転換を世界に表明する最後のチャンスになるからである。

2018年のエネルギー基本計画

 まず、2018年の現行エネルギー基本計画について整理しておきたい。結論から言えば、筆者はこれを評価していない。それは、2014年のエネルギー基本計画と本質的に同じ内容だからである。

 2014年版は、2011年の東京電力福島第一原子力発電所の過酷事故(以後、福島原発事故)後の初めてのエネルギー基本計画であり、経済産業省にとっては2011年以来の原発を巡る対立を落ち着かせる意味があった。その内容は、原子力を旧来と同じ「重要なベースロード電源」と位置付けるなど、筆者の考えとは大きく異なるが、エネルギー政策の振り子を事故前に戻すことを最優先したのであろう。

 2018年版は、これから4年が経過し、原発の再稼働が困難な状況が見えてきた一方で、再生可能エネルギー(以後、再エネ)は世界的に大量導入が進み、また2015年には気候変動枠組条約のパリ協定が締結され、脱炭素化の要請が強まっていた。2014年版では記入できなかった2030年の電源ミックスの数値目標は、2015年の長期エネルギー需給見通しで、再エネ:22-24%、原子力:20-22%、石炭:26%と決定された。この間の内外の環境が大きく変わったのだから、一度旧来型に戻したエネルギー基本計画は、今度こそ転換すべきだったが、2018年版ではそうしなかったのである。

 当時の審議会の議論ではエネルギーミックスを変えないことが前提となっていたように、経産省は当初から基本方針を変えるつもりはなかった。「再生可能エネルギーの主力電源化」といった語句を入れた一方で、原子力や石炭火力の位置付けは変えなかった。2050年の展望についても議論したが、将来は不確実だからという理由で、具体的な方向性を明示しなかった。原子力の電源ミックスなど、1つでもいじると全体のバランスが崩れるため、課題を先送りしたのであろう。

世界のエネルギーの状況

 その後の世界のエネルギーの状況は、日本の現行エネルギー基本計画とは大きく異なる方向に動いている。第1に、再エネの大量導入である。風力や太陽光といった変動性再エネは、劇的な低コスト化とともに更に導入が進んでいる。最先端にあるドイツでは、再エネの電源ミックスが42%を超え(2019年、BMWi)、OECD欧州では31.1%(2018年、IEA)に達している。16.9%の日本は明らかに遅れを取っている。

 第2に日本で論争の的となってきた原子力については、ドイツのような期限を定めた脱原発は多数派でなく、先進国では既設を使い続ける国が多い。これは、気候変動対策としての評価があるからだが、一方で原発の新増設を政府が主導する国は少なく、イギリスでは日立を含む事業者の撤退が起きている。安全基準の強化に伴って高コスト・高リスクになっており、再エネとは対照的に事業性が著しく下がっているからである。欧州では、変動性再エネの増加とともに電力システムの「柔軟性」の重要性が認識され、これと相容れないベースロード電源の不要論すら起きている。

 第3に、特に日本の異質性が際立つのが、石炭火力である。2015年のイギリス政府の表明を皮切りに、脱石炭火力政策が先進各国に波及しており、イギリスは2024年、フランスは2022年、産炭国のドイツですら2038年までの脱石炭火力を決めた。脱石炭火力連盟には、欧州諸国やカナダ、メキシコなど、34カ国政府が加盟している。

日本のエネルギーの状況

 翻って日本の状況を見れば、これもまた別の意味で、2018年のエネルギー基本計画の想定通りには進んでいない。原子力については、再稼働が政府の期待通りに進まず、2018年度の電源ミックスは6%に止まっている。再稼働した9機の中には、テロ対策施設の不備で停止しているものもあり、今後も10%を超える目処は立っていない。

 一方で再エネについては、遅れていた日本でも太陽光の導入が進み、2018年度の電源ミックスは16.9%に達している。22-24%の目標は、欧州と比べて元々低すぎるが、新型コロナ感染症により電力需要が低迷している今年度中にも達成する可能性がある。その反面、系統接続の問題が表面化し、九州では出力抑制も行われており、今後の更なる上積みには規制改革が求められる。

 石炭火力については、大手電力会社などが原子力を補う形で新増設を進めたこともあり、2018年度に31.6%と2030年の目標値(26%)を上回っている。石炭火力を新たに運開すれば、40年程度の運転が見込まれるため、パリ協定に逆行するとして国際的な批判を集めている。それが、2019年末のCOP25における「化石賞」の受賞につながった。

 以上をまとめれば(表)、再エネの主力電源化と脱石炭火力は先進国の共通理解であり、これらに加えて省エネを徹底する政策が、「エネルギー転換」である。米国ではトランプ政権が石炭産業を振興し、パリ協定からの離脱を進めているが、州政府は異なる方針のところも多く、バイデン大統領が誕生すればエネルギー転換政策が推進されるだろう。要するに主要先進国の中で日本だけが、エネルギー転換政策に背を向けてきた。石炭火力も原子力も将来性に乏しい電源であり、日本は石炭資源にもウラン資源にも恵まれていない。日本こそ、エネルギー転換から最も恩恵を受ける国であるにも関わらず、これら衰退産業に固執してきたのである。
 
表:主要国・地域の電源ミックス目標値
出所:エネルギー白書2019, 2020、各国・州政府資料を基に筆者作成。

梶山経産大臣の非効率石炭フェードアウトと菅総理のカーボン・ニュートラル

 そのような中で、2020年7月3日の梶山弘志経産大臣による発表は、エネルギー転換への変化を期待させるものであった。これは、直接的には日本の石炭火力重視への批判に応え、「非効率石炭火力フェードアウト」を資源エネルギー庁に指示したというものである。高効率石炭火力は維持するという意味でもあり、電源ミックス目標の26%も変更しないとのことではあるが、変化の兆しと受け止めたい。

 これに合わせて梶山大臣は、再エネ導入を加速化するための「基幹送電線の利用ルールの抜本見直し」も表明した。これは、日本における再エネ導入の障壁となってきた、先着優先の系統接続の問題の改善に繋がる第一歩であり、詳細の制度設計はこれからであるものの、やはり評価したい。

 このように過去の改定と比べれば、今回こそ日本も再エネを重視し、エネルギー転換に本格的に取り組むことが期待される。一方でそれは、日本のエネルギー政策が国際標準から大きく外れる中で、政策転換の最後の機会に追い込まれているとも言える。ESG投資の高まりの中での金融業界の危機感や、RE100の取り組みにおける電力消費企業の焦燥感に押された面もあろう。エネルギー基本計画を議論する第1回基本政策分科会(10月13日)で、梶山大臣は「日本のエネルギー政策は重要な岐路に立たされている」と表明した。「脱炭素社会の実現が重要なテーマ」であり、一方で原発の新増設は想定していないとも発言している。

 そして10月26日には、菅義偉総理が国会の所信表明演説において、2050年までのカーボン・ニュートラルを宣言した。欧州諸国は以前から同様の目標を掲げており、中国は先月に2060年までのカーボン・ニュートラルを国際公約した。日本にこれ以上の遅れが許されない中で、新たなエネルギー基本計画は、総理の所信表明と整合性のある内容にしなければならない。既存産業界などからの反対も予想される中で、エネルギー基本計画に対して以下の点を提言したい。

エネルギー基本計画改定への提言

 第1に、再エネの電源ミックスを50%やそれ以上へ高めることは、もはや先進国では常識と言ってよい(表)。出力変動対策は欧州などで確立されており、国際送電を含めて日本が応用できるものは多数ある。再エネ電力が50%を超える局面では、運輸部門や産業部門の電化が不可欠になり、エネルギーシステムとしての統合(セクターカップリング)が進む。その過程では、再エネ電力に由来する水素が補完的エネルギーとして期待されており、日本の産業界にもチャンスがある。

 第2に、脱石炭火力も国際的な標準になりつつある。2050年にカーボン・ニュートラルを実現するには、現状の「非効率石炭フェードアウト」では不十分である。2050年よりできる限り早い時期に(CCSがない)全ての石炭火力を撤廃せざるを得ない。

 第3に、原子力については、筆者はかねてより10〜20年かけた撤廃を提案してきた。政府が脱原発を決定できないとすれば、既設を使い続ける(が期限を明確にしない)方針を採ることになる。梶山大臣の発言もこの辺りを想定しているようだが、多くの再稼働が期待できない中で、原子力の電源ミックスは限定的に止まるだろう。

 以上から、筆者が2030年の電源ミックスの目標値を提案するとすれば、再エネ:45%、原子力:5%、石炭火力:5%程度であろう。残りは天然ガス火力で、省エネを徹底することになる。経産省は、再エネ:30%、原子力:15%、石炭火力:20%の辺りを落とし所としていると推測するが、経済同友会も再エネ40%を提言しており、筆者の提案はそれほど極端ではない。明確にエネルギー転換の方向性を打ち出すべきであろう。

 もう1つ重要なのは、2030年以降の展望を明らかにすることである。2018年版のエネルギー基本計画で2050年の展望を具体化しなかったのは、原子力や石炭火力の可能性を残す理由が大きかったと思われる。ゼロと言い切るのは、産業界との関係で難しいかもしれないが、将来の展望を示さなければ、産業界にとってもマイナスの側面が大きい。セクターカップリングや電気自動車、水素エネルギーといった新たな産業分野に集中投資するためにも、政府が大きな政策目標を示すことは重要である。筆者の提案は、2050年に再エネ:80%、原子力:ゼロ、石炭火力:ゼロで、電力輸入や水素エネルギーも一定の役割を果たすことになる。

 2021年は、福島原発事故から10年の節目の年である。原子力か再エネかの議論には終止符を打ち、原子力も石炭火力もいかにして減らすかの実行に集中すべき時期に来ている。菅内閣は、安倍内閣を継承するとのことだが、規制改革やデジタル化などの特徴を積極的に打ち出している。そのような観点からも、2050年のカーボン・ニュートラルを実現すべく、経済社会全体を見据えたエネルギー転換政策を推進してもらいたい。


 

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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