2024年11月12日に、電力・ガス取引監視等委員会(以下、電取委)は、日本最大の発電事業者であるJERA1に対して業務改善勧告を行った2 。これによれば、JERAは、少なくとも2019年4月から2023年10月までの間、「市場相場を変動させる認識を有しつつ、停止する発電ユニットの余剰電力の一部を供出していなかった」のであり、「市場相場に重大な影響をもたらす取引を実行…しないこと」、即ち、「相場操縦」に該当するという。これについて考察したい。
電力市場における相場操縦とは?
電力の前日スポット市場では、発電事業者は売入札を、小売事業者は買入札を入れる結果、供給曲線と需要曲線の交点において供給量と約定価格が決まる。これが市場を通した需給調整である。高い価格の売入札しか入れられない発電事業者や、十分な量を調達できない小売事業者は、(相対取引を除けば)市場から淘汰されることになる。
今仮に、利益が出るのに売り控えている発電事業者がいたとする。一般に競争的な市場では、このようなことは起きづらい。売り控えることは、発電事業者にとって売り上げと利益の減少を意味するからである。しかし、その発電事業者が市場支配力を有する大規模事業者である場合には、話は変わってくる。もしその余剰電力を売りに出せば、売入札の量は大きく増加するため、約定価格はより低くなり、前日スポット市場への依存度が高い新電力にとって電力の調達が容易になる。換言すれば、その発電事業者にとって、自ら売り控えることで「約定価格の上昇により相応の利益をスポット市場から得」られる上、同一グループとして小売市場での新電力との競争を有利にできる。これが相場操縦と見做された所以である。
このような相場操縦が許容されるようでは、競争環境が公正とは言えない。特に市場自由化後には、旧独占事業者は圧倒的な支配的事業者として存在し続けているため、売り控えによる価格釣り上げは容易である。そのため「適正な電力取引についての指針」3では、「余剰電力の全量を限界費用に基づく価格で入札することが特に強く求められ」、これに反する相場操縦は、「公正かつ有効な競争の観点から問題となる行為」と規定されている。もちろん相場操縦は、電力市場に限られた問題行為ではなく、証券市場などでは懲役まで含む形で厳しく罰せられることになる。
相場操縦を行う意図はなかったのか?
業務改善勧告を受けてJERAは、同日にプレスリリースを発出している4。基本的な事実関係を認めた上で、「直接の原因は、入札量算定に用いるツールの設定不備によるもの」だったという。毎日の売入札の実務において、「スポット市場への余剰電力供出量の算定」を情報システム上で行うが、JERAは「系統制約等による出力制約が発生した場合は起動余力を未入札として」いた。要するに、システム設定の技術的なミスであり、「利益を享受する目的で相場操縦を行う意図はなかった」と弁明している。
しかし電取委は、このような弁明を受け入れていないようだ。その根拠として、業務改善勧告で以下のように解説している。第1に、JERAにとって供出量算定のための適切なシステム設定は、特別なものでも対応が難しいものでもなかった。JERAの「社内規程上は余剰電力の全量をスポット市場に供出すべきこととなっており」、実際に社内でも中部エリアでは適切に設定しており、相場操縦は東京エリアに限った問題だった。
第2に、当該問題について、JERAの社内では早くから認識されていた。2019年4月時点で「認識していた職員が存在し」、遅くとも2022年2月までには責任者(東日本プラント運用センター長)が認識していたという。また、社内アンケートによれば、需給運用に関係する部署の職員の大宗が、「市場価格の高騰につながるおそれがある」と、余剰電力が市場供出されない場合の影響を認識していた。にも関わらず、システム改修を完了した2023年10月まで、問題のあるシステム設定が放置され、「未供出を継続的に発生させていた」。
従って、JERAは「市場価格を上昇させ得るとの認識を有していた」のであり、「約定価格上昇の利益を享受する意図を一定程度有していたと評価せざるを得ない」と、電取委は結論付けている。だからこそ相場操縦と見做し、業務改善勧告に至ったのである。
問題の本質:公正な競争環境は整備されていない
この相場操縦の問題は極めて深刻である。それは、かねてから筆者が指摘している(コラム:2023年4月12日、2022年12月2日)、日本の電力市場では公正な競争環境が整備されていないという事実を、改めて裏付けるものだからである。主要な小売事業者が相互にカルテルを行い、主要な一般送配電事業者が小売部門に対して情報漏洩を行い、今回は日本最大の発電事業者が相場操縦を行なった。これらがわずか2年の間に立て続けに起こるようでは、いや、2010年代後半から続いていたのでは、競争環境は絶望的と言わざるを得ない。それは、小売・送配電・発電の3部門が一体的に経営されていることとも関係している。この間、前日スポット価格の継続的な高騰を受けて、新電力の2割弱が撤退や倒産・廃業を余儀なくされたが5、上記のような不正行為が一因になった可能性が高い。電力システム改革の大前提が崩れているのであり、新電力も新規参入の発電事業者も競争のしようがない。
それは、消費者にも大きな不利益をもたらしている。業務改善勧告において電取委は、「3年余りにおいて、約54億kWhの売り入札が追加的になされていた可能性があり、そのうち約6億5千万kWhの売り入札が約定していた可能性がある」、2021年11月の「特定のコマにおいては、約定価格が50円/kWh以上下落していた可能性もある」と、試算結果を示した。この間、電気料金の高騰が社会問題化し、脱炭素化の政府方針に逆行する電力補助金まで供与されてきたことを考えれば、これは由々しき問題である。
しかしながら、電気事業を所管する資源エネルギー庁は、公正な競争環境をそれほど重要な問題だと、あるいは危機的な状況だと考えていないようだ。その証拠に電力システム改革の検証の一連の過程では、「公正な競争環境の整備」といったテーマは正面から取り上げられず、相次いだ競争阻害的な不正行為について改めて検証されることもなく、討議において一部の有識者が言及したに止まった。むしろ、「小売事業の環境整備」について、事業者の「内外無差別な卸取引等の取組により、新規参入者の電源へのアクセス環境にも一定の進展があったと評価できる」などと、肯定的に結論づけている6。公正な競争環境は合理的な需給調整の基盤であり、安定供給の観点からも電力システム改革の最優先事項と考えるが、「必要な供給力を確保するための電源投資の確保」を、市場競争的でなく裁量的な手法で行うことを優先しているようである。
電取委の奮起を期待する
言うまでもなく、相場操縦という競争阻害的な不正行為を行なった支配的事業者に最大の問題がある。しかし、今回の業務改善勧告には何の罰金も伴わないように、電気事業法上の罰則は極めて緩い。自由化した以上、旧一般電気事業者といえど市場支配力を行使して利益の最大化を目指すと考えるべきである。性悪説で臨み、競争阻害行為に対する規制や罰則を抜本的に強化することが、再発防止に不可欠である。
そう考えると、電取委の責任は極めて重い。2021年1月の前日スポット価格の暴騰の際にも、筆者は支配的事業者による競争阻害行為の可能性を指摘したが、2019年4月から2023年10月という相場操縦の期間はこれを含む。業務改善勧告では、「令和2年度冬期のスポット市場価格高騰を含めた夏期及び冬期の市場価格を著しく変動させていたとは認め難い」と、敢えて言及しているものの、相場操縦の範囲や影響などについての徹底した検証と同時に、関連情報の全面的な公開を求めたい。
それでも筆者は、今回の電取委の行動に一定の評価を与えたい。それは、今回の業務改善勧告は規制当局として自律的に動いた結果と感じられるからだ。過去のカルテルは公正取引委員会が摘発したものであり、情報漏洩は関西電力からの自己申告に応じて受動的に調査に動いた印象が強かった。今回も、かねてからの疑惑の指摘にようやく腰を上げたという批判も可能だが、業務改善勧告の文面は根拠や試算が具体的であり、相場操縦を容易に認めない相手を諭した姿勢が伝わってくる。
日本の電力システム改革は当初の理念から離れ、公正競争を前提としない異質な理念に向かっているように見える。しかしそれでは、電気料金の低減も安定供給も、脱炭素化も実現できないだろう。これらの大前提として公正な競争環境が絶対的に不可欠であり、それには競争市場の番人に奮起を期待するしかない。電取委としても、権限や人員が十分でなければ番人の役割を果たせないだろう。電取委という規制機関自体の検証については、2024年6月に一定の取りまとめが出ており、「専門性強化」や「人員増強」、「業務停止命令権、犯則調査権」などの権能の追加の方針が指摘されている7。早急にこれらを徹底した形で実現し、日本の電力市場に公正な競争環境を整備してもらいたい。