近年、EUでは、脱炭素を目指して産業構造を再編し、競争力を高める戦略的な取り組みが本格化しています。ロシアによるウクライナ侵攻とそれに続くエネルギー危機を経て、脱炭素化はもはや単なる気候政策ではなく、安定したエネルギー供給と競争力強化を実現するための核心的な政策手段となりました。EUは、当初掲げた気候目標を堅持しつつ、それをいかに迅速かつ効率的に実現するかを模索する中で、産業政策とエネルギー政策の統合を一層推し進めています。
日本とEUは、エネルギー安全保障や経済構造の課題など、2020年代に浮かび上がった共通の困難に直面しています。グローバル市場の不確実性、サプライチェーンの混乱、従来型産業への依存、低い労働生産性など、両地域に共通する構造的課題があるからこそ、EUの政策の変化は、日本におけるGX政策の設計にとっても参考となる視点を提供しています。
本報告書では、グリーンディール以降の欧州産業政策の展開とその再編の過程を整理したうえで、日本のGX政策への示唆を三つの論点にまとめ考察しています。
第一に、脱炭素を経済成長や産業競争力を妨げる「制約」ではなく、それらを生み出す「原動力」として位置づけるという政策の基本的な考え方です。第二に、戦略技術の選定にあたって、気候・エネルギー目標や経済安全保障など、明確な戦略的観点に基づいて重点を定めている点です。第三に、補助金政策の透明性を高めるとともに、支援の条件や規制措置を適切に組み合わせることで、最も効果的な脱炭素戦略を後押ししている点です。
日本におけるGXの戦略的な深化、そしてEUとの協力の可能性を探る上で、本報告書が一つの手がかりとなれば幸いです。
<目次>本報告書で使用する主な政策名と略語一覧
はじめに
第1章:欧州連合における産業政策の動向
1. 産業政策の台頭
2. グリーンディールからクリーン産業ディールまでの道筋:ドラギレポートの意義
3. クリーン産業ディール
4. ネットゼロ産業法
第2章:欧州産業政策の課題
1. 断片化された産業構造の統治
2. ネットゼロプロジェクトへの資金提供
第3章:欧州産業政策からのGXへの示唆
1. 脱炭素化と産業政策の関係
2. 戦略的焦点と選定基準
3. 補助金への依存リスクと条件設定の必要性
まとめ




