概要版
日本における石炭火力新増設のビジネスリスク
―設備利用率低下による事業性への影響―
2017年7月20日

1. 2011年以降の電力需給の状況

  • 日本の電力需要は、東日本大震災後の電気料金の上昇やエネルギー効率化の進展などに伴い、2010年度の9,311億kWhから2015年度の8,415億kWhへとわずか5年で約10%減少した。
  • 供給側の第1の変化は、2012年7月の固定価格買取制度施行により、太陽光発電を中心に自然エネルギー発電設備の導入が急激に進んだことである。発受電量に占める自然エネルギーの割合は、2010年度の8.9%から2016年度の15.0%へと6年間で6ポイント増加した。
  • 第2の変化は、原子力発電の供給量の激減である。いくつかの原子力発電所の再稼働は行われたものの、2016年度の発電電力量に占める原子力発電のシェアはまだ2%に満たない。
  • 火力発電の設備利用率は、原子力発電の供給力低下を補うため、2012年度には62%まで上昇したが、エネルギー効率化の進展と自然エネルギーの増加に伴い、2013年度以降は下降に転じ、2016年度には53%まで落ちてきている。
  • 各電力会社の2016年度供給実績データにより、火力設備稼働時間の分析を行った結果、電力系統のつながっている9つの電力会社の全てで、石炭火力発電、石炭副生ガス発電、ガス複合火力発電の設備利用率を高い水準で維持することが困難な状況であることが分かった。

2. 今後の電力需給の見通し

  • 国や電力広域的運営推進機関(以下、電力広域機関)の予測では、年間電力需要、最大電力の双方において、今後の大きな増加は見込まれていない。実際の電力需要は国の予測を下回る可能性もある。
  • 電力広域機関が2017年3月に公表した「平成29年度供給計画のとりまとめ」(以下、供給計画)によれば、2026年度まで供給力は一貫して電力需要を上回り、供給予備率は適正水準の8%を超えている。
  • 供給計画では、石炭火力発電の設備利用率は2015年度80%から2026年度69%への低下が想定されている。

3. 石炭火力発電の設備利用率低下と事業性への影響

  • 供給計画における各電源の供給量の見通しは、再稼働の決まっていない原子力発電の発電量をゼロにするなど、いわば保守的な想定を行っている。これは「電力の安定供給を確保する」という供給計画の策定目的から、確実な供給力のみを見込んだためと考えられる。一方、公表されている石炭火力発電新増設のビジネスリスクを検討する場合には、むしろそれらがすべて実現され、原子力や自然エネルギー電源も現在の増加傾向などを踏まえ、一定の拡大が進む場合を想定することが妥当である。この観点から、基本ケースとして以下の想定を行った。
    1. 公表されている石炭火力新増設計画がすべて運転開始する。
    2. 電力需要については、2016年度と同じ水準になるケースを想定する。
    3. 原子力発電については、一定の再稼働が進むものの、政府が「長期エネルギー需給見通し」で見込む2030年度の電源構成20~22%の半分程度の10%にとどまるケースを想定する。
    4. 太陽光発電は、代表的な太陽光発電コンサルティング会社が「現状成長ケース」として見込む8,192万kWが導入されていると想定する。
  • この結果、石炭火力発電所の設備利用率は供給計画の想定69%から大きく低下し、56%程度まで下がる可能性がある。
  • 原子力発電所の再稼働が上記の想定より進まず、電力供給量の5%にとどまった場合は、石炭火力の設備利用率は62%になるが、逆に、エネルギー効率化が進み、5%程度電力需要が減少すれば、49%程度となり、50%を切る可能性もある。
  • 石炭火力発電所の事業計画の前提となっていると考えらえる70%の設備利用率、40年稼働という想定は実現可能性の乏しいものであり、事業計画立案時に見込まれた利益を実現することは困難と考えられる。

4. 今後の石炭火力設備投資に影響する企業動向や政策の展開

  • 「パリ協定」発効以降、自然エネルギー100%への取組など、企業活動の脱炭素化をめざす動きは日本でも強まっており、化石燃料の中でも飛びぬけて温室効果ガス排出量の大きい石炭火力発電への需要減少が進むことは確実である。
  • 2017年3月に策定された国の「長期低炭素ビジョン」では、2050年にはエネルギー供給の9割以上が低炭素電源によって賄われる姿を描いており、実質的に、石炭火力の利用は想定されていない。国では、カーボンプラシングの導入をめざす取り組みが進んでおり、脱炭素をめざす企業レベルでの様々な動きとあいまって、石炭火力発電への需要を減退させていく。

おわりに

  • 東日本大震災以降、石炭火力の新増設計画は増加の一途を辿ってきたが、2017年に入って初めて4基中止された。残り42基の計画を持つ事業者をはじめ、石炭ビジネスに関わる全ての事業者金融機関には、日本の状況や世界的な脱炭素社会への動向を見極め、的確な投融資判断をすることが求められている。