三菱商事は、3海域の大型洋上風力事業からの撤退を表明した。対象は2021年末に中部電力の関連会社や地元企業などとのコンソーシアムで落札した秋田・千葉における合計1.7GW規模に及ぶプロジェクトである。
大手商社や電力会社が熾烈な競争を経て受注した大型事業から、巨額の違約金を支払ってまで撤退することは、日本では極めて異例である。
三菱商事は、資機材や建設費の高騰による採算性の悪化を理由に挙げる。実際、資材価格、労務費、輸送費は入札時から急騰し、建設費全体は2割上昇している1。コスト全体の2割を占めるといわれるタービン価格が当時より倍増したとの指摘もある。国内にサプライチェーンが未整備なため輸入依存度が高く、為替変動の影響も甚大であったと考えられる。
コストの高騰は海外でも共通の課題であり、欧州の洋上風力先進国においても、撤退やゼロ入札が発生している。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などによる労働力不足や化石燃料の高騰が、深刻な影響を与えている。しかし、各国は入札方式や上限価格の見直し、パイプラインの明確化による予見性の向上など、迅速に制度改革を実施し、次のプロジェクト形成へとつなげている。野心的な目標値も引き続き掲げられている。
英国は、当時は保守党政権下にあったが、2023年9月の入札CfD 5の入札で洋上風力の事業者が現れなかったことを受け2、2024年の次回入札において上限金額を66%引き上げるという大幅な価格見直しを実施した3。この見直しにより、価格は日本円換算で11.63円/kWhから19.30円/kWhに引き上げられた。しかし、それでもインフレリスクなどを充分にカバーできていないとの指摘があり、今年実施されるCfD 7では、再び引き上げが行われ、契約期間も15年から20年に延長された45。デンマークもゼロ入札発生後の入札に向けて同じような制度変更を考慮中という。こうした事例は、洋上風力を拡大させるためには、機動的に制度的枠組みを整備していくことが不可欠であることを示している。
政府は撤退の要因を詳細に検討したうえで再入札を実施するとしている。しかし、迅速性も重要だろう。今回の事態を受けて再入札を含む今後のロードマップを速やかに示し、業界全体の開発への意欲と機運を維持する必要がある。
三菱商事連合の初期見通しが甘かったことは否めない。応札した競合他社の入札額平均と比較すると、6円から9円低い額で入札している。撤退表明までの4年間という時間の損失も大きく、3海域の運転開始の遅延だけでなく、入札制度についての根本的な議論の機会が失われた。
こうして時間が経つ中でますます切迫してきたのは、後続案件への対応である。価格競争に圧され、ゼロプレミアム入札をせざるをえなかったラウンド2・3の事業者は、さらに厳しい環境に置かれている。ラウンド2以降では運転開始時期が選考の重要な要素となったため、すでに運転開始が4年を切るプロジェクトが4つ、最短では3年のものも存在する。改善策が講じられないまま事業が進めば、同様の混乱が連鎖する可能性も否めない。
デンマークではゼロ入札が発生した際、事業者への詳細なヒアリングを通じて必要な制度改革を特定し、次回の入札制度を大胆に改める方針を示している6。日本でも、事業者との丁寧かつ深い対話を踏まえた制度の見直しが求められる。
そして、欧州とは異なる日本の課題として、許認可制度の複雑さと長期化、送電網建設や港湾整備の費用負担、カボタージュ規制による建設船の不足が挙げられる。これらは制度運用の見直しによって改善できる部分が大きく、こうした環境整備は入札制度改革以上に喫緊に取り組むべき課題である。
今年6月、政府は改正「再エネ海域利用法」を成立させ、従来は一般海域に限られていた洋上風力の開発を排他的経済水域に大きく広げ、浮体式洋上風力開発への道を開いた。さらに一般海域では、日本版セントラル方式の導入により事業者の負担軽減が進むなど、制度は一歩ずつ整いつつある。
洋上風力は、新たな産業基盤を築き、日本のエネルギー転換を支える重要な技術である。そのサプライチェーンの裾野の広さを考えても、この分野を日本に根付かせることは、日本の産業競争力を底上げする力となる。
事業投資への期待をここで縮小させてはならない。今回の撤退は、洋上風力そのものの失敗ではなく、制度改革の必要性とその実効性を日本に問いかけているのである。
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