自然エネルギーの急速なコスト低下が進む一方、発電部門で利用する二酸化炭素回収・貯留(CCS)付火力の技術開発が停滞する中で、脱炭素社会に向けたCCS付火力の役割は縮小している。
国際エネルギー機関(IEA)が2024年に発表した世界エネルギー見通し(WEO)では、ネットゼロシナリオにおける2050年のCCS付火力の設備容量を、2021年時点で推計した394GWから235GWへと約4割も削減させた。CCS付火力による電力供給量のシェアは1%にすぎず、電力の 88%は自然エネルギーで供給される1。欧州の政策を見てもCCSは削減が難しい産業部門(セメントなど)での排出削減を目的とすることが優先づけられており、自然エネルギーや蓄電池の競争力が成立している発電部門への適用は合理性が薄いため二次的な扱いである2。
しかし日本ではこの潮流とは対照的に、2025年2月に閣議決定されたエネルギー基本計画、および2040年度におけるエネルギー需給見通しの中で、0.6~1.2億tCO₂回収、また「CCS長期ロードマップ」(2023年)では2050年に1.2~2.4億トンの貯留を目安としている。さらに部門別の内訳や優先順位も明示されていないが、多くが電力部門に期待されていると解釈される3。
本コラムでは長期脱炭素電源オークションで第3回目(2025年度)から追加支援が提案されているCCS付火力に焦点をあてて制度の課題を整理する。
1. CCS付火力技術の根本的課題
制度の議論に入る前に確認しておきたいのは、CCS付火力という技術自体にも多くの制約があるという点である。これはこれまでも財団のレポート4で指摘してきているため深入りしないがここでおさらいしておきたい。
第一に、CCS付火力は商用化された実績が乏しく、一定以上の規模で世界で稼働しているのは2基のみである5。
第二に、この技術は現在のところ完全な脱炭素化を達成できていない。回収できる割合は分析によって違うものの、100%回収・貯留はできないことはIEAやIPCC第6次評価報告書の資料からも明らかである6。つまり、ネットゼロにする場合は残りの排出分を削減する技術・費用が追加で必要となる。
第三に、日本ではCO₂を安全かつ長期的に貯留できる陸上の適地が限られているため、海域での貯留、または海外への輸送と貯留が検討されている7。海域での貯留は陸域と比較して高コストであり、海外輸送も含めてインフラや制度整備に時間がかかる8。このため、CCSについてはできるだけ利用を抑え、貴重な貯留資源の活用は排出削減の代替案が限られる一部の産業用を優先させて行うことが合理的である。
このような制約を抱えたCCS付火力に対して日本政府は様々な支援制度を導入してきており、長期脱炭素電源オークションもその一つである。次にその内容と課題を整理する。
2. 長期脱炭素電源オークションにおけるCCS付火力支援の内容と課題
CCS付火力は第3回目(2025年度)から追加支援が提案されている。これを含めた制度の改定が「制度検討作業部会」(以下、部会)の「第二十二次中間とりまとめ(案)」9として取りまとめられ、パブリックコメント募集中である。しかし提案されている支援制度は様々な課題がある。
(1) 低い排出削減効果:削減効果が14%で長期支援の対象に
最も問題なのは、事務局から提示された支援の対象となる「最低CO₂回収率」の要件が20%とされている点である(図)。20%という数値の妥当性については水素・アンモニアの最低混焼率と平仄を合わせること、そして「敷地条件によるCCS関連設備の設置場所の制約」を理由としている。既設改修の場合、後付けとなるCCS設備をどこに置けるのかという点は、発電所だけでなく製鉄所、セメント工場等「先進的CCS事業」の参画事業者からも共通課題として指摘されており10、新設に比べコスト・工期、更には削減効果にも影響する可能性がある。
また、部会資料では「改修前でも、既に一部のkWが水素・アンモニアにより脱炭素化され、CO₂を排出しないkW部分が存在する場合がある。」と記載されている。しかし、応札する発電所が水素・アンモニア発電を併用せずCCSのみを装備するなら、CO₂排出の80%は大気へ放出されてしまう。
さらに、回収後のCO₂に対しては「70%の年間貯蔵リクワイアメント」を設定しているが、その閾値を下回ったとしても本制度の支援(容量確保契約金)が停止されることはなく、1~2割を減額するペナルティが予定されているのみである。
最低回収率20%、年間貯蔵リクワイアメント70%ということは、年ベースで最低14%のCO₂を分離・回収・貯蔵できていれば、本制度の長期支援を享受可能である。そして、これらリクワイアメントの分母には「CO₂の分離回収に使用する蒸気を発生させるために排出するCO₂は含まない。」とされている。
海外制度の例を見ると、従来からCCUSへの税額控除を実施している米国では、現在インフレ抑制法(IRA)の下で発電部門に対しては75%以上の回収率を要件としている11。また英国では、2021年末に実施した「CCUSクラスター支援」(フェーズ2)において、発電部門では90%以上という高い回収率がプロジェクト選定の要件とされている12。提案されている「20%回収・70%貯留」要件は国際的なCCS支援制度の中でも類例のないほど低く、脱炭素対策と呼べるものではない。
(2) 導入の延滞と排出継続リスク:30年後も続く火力の運転
このように低い削減率で支援される対象火力は「建設リードタイム(供給力提供開始期限)7~11年+支援対象期間(運転期間)原則20年=およそ30年」の維持が想定され、2050年を超えて稼働する可能性がある。さらに、制度上は20年以上の支援も可能とされている13。冒頭で述べたとおりCCSによる100%の回収・貯留は過去の実例から見ても非現実的であり14、これだけで脱炭素にならない。また、今回応札対象となる既設改修であれば、対策が実装されるまでの期間は排出が続く恐れがある。そして、1.5℃・2℃未満の国際合意のシナリオに照らせば、2050年カーボンニュートラルに向けて発電部門からの排出は早期かつ大幅削減が求められる。本制度で支援するCCS火力が「脱炭素電源」として寄与できるとは言い難い。
(3) コストの不透明性:高コスト・不確実性が高いがゆえの特例優遇措置
CCS火力の上限価格については特別に優遇されている。部会の「中間とりまとめ案」では、他の電源がこれまでの閾値である10万円/kW/年から20万円/kW/年に引き上げを提案されているところ、CCS火力はこれに関わらず「導入が可能な水準」まで許容するとして、石炭火力で34.3万円/kW/年が提示されている。閾値にこだわらない理由としては「CCS付火力は、未だ黎明期のエネルギーであり、費用回収を認める費用の範囲や上限価格について特段の配慮を行わなければ導入が困難な面がある」と説明されている。さらに、燃料費等の可変費も一定条件の下で応札価格への算入を認めるスキームが想定されている。このようにコスト面の不確実性・不透明性が高い状況で長期の支援を確定すれば、CCS付火力の技術開発がスムーズに進展しない場合、また、化石燃料価格の上昇傾向が続いた場合など、対象電源に投じられる支援額の上限が見えない。
(4) 調達電源の規模や排出削減との整合性が不明確
これはCCSに限ったことではないが制度上、オークションで募集される容量の目安は示されているものの、政府が「どの電源を、どれだけの規模で残し、それがどれだけの排出になるのか」という具体像や排出削減目標との整合性は検証されていない。
エネルギー基本計画では、2040年の火力部門の平均排出係数をシナリオ別に0.08~0.31 kg-CO₂/kWhにしており、特にCCS活用シナリオでは下限の0.08kg-CO₂/kWhとしている15。既存の石炭火力の排出はおおよそ0.8kgCO₂/kWhであり16、あと15年で9割減にもっていくための基準としては、提案されているCCS付火力の導入支援条件はあまりに目標と乖離している。
ここまで見てきたように高コストな技術に削減率も低くてよい支援制度の設計では、いずれ日本の電力コストの限界削減費用を引き上げ、経済成長・競争力強化に資するGX政策の本来の目的とも相容れない。また第2回コラムにあるように、制度上の個々の課題にも是正の余地があるものの、それぞれに対応するだけでなく制度全体が抱える構造的な問題をとらえる必要がある。
3. 採算が立たない技術に引きずられる制度設計
(1)市場ではなく制度が技術を選ぶ:排出量取引制度(GX-ETS)とCCS支援
上記のような特例や特別な支援がされてもなお、CCS事業には様々なリスクが伴う。それに伴うコストは、本来は排出削減の市場価値―すなわち炭素価格―でカバーすべきものである。一方、排出量取引制度(GX-ETS)を含む政府の「成長志向型カーボンプライシング」は「当初低い水準から徐々に導入」するという方針が示されており17、CCSの導入拡大を支える価格レベルに達しないことは明らかである(1,500円/t-CO₂程度との炭素価格試算も複数機関から示されている)18。
こうした中で、政府は長期脱炭素電源オークションにおいて、CCS付火力に対し可変費の別建て補助を設け、将来的にはGX-ETS価格を参照した差額補填も視野に入れている。制度上は独立しているが、GX-ETSの価格不足を補う補完的な支援スキームとして構築されているのが実態である19。しかし、公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)が行った試算に基づく日本のCCSコスト(電力・産業部門全体を対象とした推計で)は足元CO₂削減1トンあたり12,800円から20,200円とされ、炭素価格の開きは大きい。このコストを2050年までに60%削減する目標が立てられているが20、現時点で市場で採算が立つ水準にはほど遠く、市場価格だけにCCS導入を委ねるのは困難という認識が前提となっている。
つまり、本来炭素価格の上昇によって経済性が高まる技術であるCCSに対し、炭素価格を十分に引き上げるのではなく、補完的な制度支援を通じて導入を後押しする仕組みが採られている。市場ベースでは普及が難しい技術に対し、制度的に支援を講じる構造がここでも見られる。
(2)事業者にとっても利益の低い制度:支援を積み増すと更に市場とは乖離
自然エネルギー技術のコストが顕著な減少傾向にある中で、特に発電部門ではCCSと直接競合するため、CCS導入の経済的な実行可能性は疑問の余地が大きくなっている21。事業者にとってもコストが高く、習熟率の低さについても指摘のある22CCSに投資するのはリスクが大きく、自主的に採算を見込んで踏み出すのは難しい。政府支援があるから実施できるものである。しかし、長期脱炭素電源オークションでは設備容量に応じた固定支援はあるが、発電量に応じた売上の9割は制度側に還付されるため、電気を売っても大した利益にならない。つまり、事業者側にとっても「儲からない資産」を持たされる制度になっている。事業者の参入意欲を高めるために今後は支援を手厚くする提案もあり、実現すれば市場の選考からますます乖離していく制度運営になる。市場から選ばれず、「補助金があればやる」技術に政策資金を積み増していくことの妥当性を検証する必要がある。
4. 公的資金の使途を見直す時
現在の制度設計は、実現性や費用対効果よりも、大型電源を残す方向に動いている。一方で、現状では誰にとってもあまり利益になっていない状況といえる:
- 政府は制度設計に多くの労力と資金を費やしているが、削減目標達成への寄与は非常に限定的で、現状ではオークションも蓄電池以外は活発でなく安定供給への目的が果たせるか不明である
- 事業者にとっても、投資リスクは軽減されているが収益性がほぼない
- 国民・需要家にとっては費用対効果が不透明で負担のみ増加していく懸念がある
今後、事業者の収益を上げる方向で議論が進めば、それは小売事業者が負担し、価格に上乗せされることでいずれ電力を使う国民が支払っていくものになる。
長期脱炭素電源オークションは本来、将来の電力システムを担う柔軟性・安定供給・低排出の電源確保を目指す制度ではなかったのであろうか。その目的に照らして見直すならば、経済性・実現性の両面で競争力のある自然エネルギーや蓄電等の柔軟性手段を優先することが限られた公的資金の有効な使い方だろう。初回コラムで見たように、現在の制度は電力市場の健全な進化を阻む逆インセンティブとなっている。
CCSについては、他に選択肢が乏しい産業部門(セメントなど)で削減困難分野への適用に軸足を移して明確な優先順位をつけ、その技術開発と実装に集中することが、より合理的な政策展開と言える。
20年ほど前、筆者(大久保)が参加した国際交渉会議の廊下でCCS付火力は「温暖化を解決する夢の技術」か、「対策を後回しにするためのまやかし」かと熱く議論されていた。あれから技術の劇的なコスト低減が起こっていれば、世界は今もっと大幅削減できていたかもしれない。しかし自然エネルギー技術を中心として低コスト・低排出の代替手段が存在する今、CCS付火力の役割は低下している。
限られたCO₂貯留資源や財政資源をどこに優先配分するかという視点から見ても、発電分野で大量に削減を見込む支援は再考されるべき時に来ている。
- 1IEA “World Energy Outlook2021”( October 2021)P.312 表A.3d , “World Energy Outlook 2024”(October 2024)P.311 表A3c
- 2EUについてはCCS Directive(Directive 2009/31/EC)の中で明示され、補助となるInnovation Fundでも電力部門は対象とされていない。
- 3内閣官房成長戦略会議(第6回)配付資料「2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略」(令和2年12月)。第6次エネルギー基本計画改正プロセスの中で、2050年に電力供給の中で原子力発電とCCS付火力発電で30~40%を供給するというシナリオが提案されていた。
- 4自然エネルギー財団「CCS付火力発電政策の隘路とリスク」(2022年4月14日)
- 5IEA “CCUS Projects Database”(2025年4月 最終更新)で回収能力100万t-CO2/年以上のもの
- 6IPCC AR6 WGIII(2022年)Chapter 6 "Energy Systems"、IEA(2020)"The role of CCUS in low-carbon power systems"
- 7独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 「先進的CCS支援事業の概要」(2025年7月18日アクセス)
- 8GCCSI “TECHNOLOGY READINESS AND COSTS OF CCS”(2021 年 3 月)「最も高コストになるのは、洋上のサイトで既存の知見がない場合であり、CO2貯蔵に再 利用できる既存インフラがない場合である」と結論づけている
- 9制度検討作業部会「第二十二次中間とりまとめ(案)」(2025年6月25日)同作業部会 第105回資料
- 10独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「令和6年度先進的CCS事業成果報告会」(2025年7月9日開催)各社プレゼン資料参照
- 11連邦議会図書館 “The Section 45Q Tax Credit for Carbon Sequestration”(08/25/2023)
- 12ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)“Cluster Sequencing for Carbon Capture Usage and Storage Deployment: Phase-2 Background and Guidance for Submissions”(November 2021)
- 13OCCTO「容量市場 長期脱炭素電源オークション募集要綱(応札年度:2025年度)(案)」P.11「制度適用期間」参照(更新日:2025年7月16日)
- 14IEEFA “Financial Risks of Carbon Capture and Storage in Canada: Concerns About the Pathways Project and Public Energy Policy” P.9 Figure 2(December 2024)
- 15資源エネルギー庁「2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)」(2025年2月)P.20
- 16例えば、環境省「電気事業分野における地球温暖化対策の 進捗状況の評価結果について(参考資料集)」 2020年7月14日P.36
- 17経済産業省「今後のイノベーション・GX政策について」(2025年6月23日)P.50-51
- 18試算の一例)自然エネルギー財団「2035年エネルギーミックスへの提言(第1版)」(2023年4月)「GX 基本⽅針では、排出量取引 に加え 2028 年度から化⽯燃料輸⼊者等に対する「炭素に対する賦課⾦」を導⼊するとし ている。これもカーボンプライシングの⼀種ではあるが、上述の有償オークションとあわ せても、炭素価格は 1 トンあたり 1500 円程度に留まると推計される。IEA は先進国に求 められる炭素価格⽔準を 2030 年で 130 ドルとしており、GX 基本⽅針が導⼊するカーボ ンプライシングの価格その 10 分の1程度の低⽔準になる。」
- 19セクターを問わず、分離回収~輸送~貯留と全プロセスをカバーする支援策として、CCS導入コストと炭素価格(GX-ETS)との値差支援が計画されており、2025年6月に中間整理が行われた(国内パイプライン案件のみ、船舶輸送案件は今後議論予定)。参照する炭素価格は排出量取引制度(GX-ETS)の何らかのベンチマークを用いるとされている。なお、長期脱炭素電源オークション+可変費補助との関係性(支援の重複回避)については、中間整理概要資料に次の記載がある。「長期脱炭素電源オークションにおけるCCS付火力の支援範囲は、分離回収・輸送・貯留の全体について、固定費及び可変費(CCSを行うことで追加的に発生する部分に限り、発電所の設備利用率4割分まで)となっている。支援の重複を防ぐため、長期脱炭素電源オークションの対象となる電力分野に対しては、CCSコスト差支援措置での支援対象及び基準価格には、長期脱炭素電源オークションの支援範囲の費用を含めないこととする。」
- 20資源エネルギー庁「CCS長期ロードマップ検討会最終とりまとめ(案)説明資料」(2023年1月)p22
- 21持続可能な開発に関する国際研究所(IISD)”Why the Cost of Carbon Capture and Storage Remains Persistently High”(2023年9月)P.6
- 22同上P.7 Figure 3. Experience rates for various technologies globally
シリーズ「長期脱炭素電源オークションの課題」
第1回 総論:長期脱炭素電源オークションの有効性を問う(2025年7月16日)
第2回 「脱炭素」を名乗る火力維持支援:フェーズアウト無き9割削減の行方(2025年7月18日)
第3回 水素・アンモニア火力は現実的な脱炭素電源になりうるのか(2025年7月23日)
第4回 CCS付火力は“脱炭素”を名乗れるか:技術的課題と制度のギャップ(2025年7月23日)




