科学に基づく目標設定イニシアチブ(SBTi)の基準改訂案が発表2040年までの電力セクターの脱炭素化は日本企業の競争力に直結する

高瀬 香絵 自然エネルギー財団 シニアマネージャー / SBTi技術諮問グループメンバー(2023年3月から2025年3月)*1

2025年4月1日

 日本企業も数多く参加している科学に基づく目標設定イニシアチブ(SBTi)の基準が大きく改定されようとしています。改訂案が3月18日に公開され、2025年6月1日までコンサルテーションです。今回の改訂案は、企業が達成するためには系統電力が2040年までにほぼ脱炭素化されることが必要となっており、日本企業の国際的な競争力に直結するものです。自然エネルギー財団では、5月中旬に今回の改訂の要点や、どのようなアクションが必要なのかを話し合うセミナーを開催予定です。詳細はこのセミナーで解説しますが、重要なポイントのいくつかを以下にご紹介します。

1. 企業の目標達成にはIEAなど科学が示すエネルギー転換が必須

 今回の改定内容の概要は図1の通りです。その中でも、スコープ2の改訂では、これまではロケーション基準かマーケット基準2か選べたのですが、両方で設定し進捗を見ていくことが必須となりました。

図1. SBTi企業ネットゼロ基準2.0版ドラフト変更点概要

出典:SBTi, “SBTi CORPORATE NET-ZERO STANDARD Version 2.0 - Initial Consultation Draft with Narrative” (March 2025)、日本語訳は自然エネルギー財団による

 本コラムの表2を見ると、発電部門の排出原単位は、ロケーション基準・マーケット基準ともに2040年までにネットゼロ状態としてCCSは考慮せずに30.009kgCO2/kWhとなる必要があるとなっています。この原単位の前提として参照しているのは国際エネルギー機関のネットゼロシナリオ4です。今回改訂された第7次エネルギー基本計画では、2040年の電力部門の排出原単位は0.03-0.04kgCO2/kWhとしており、SBTが求めるものの3-4倍以上となっています5

 系統平均をどの範囲でとるのか、つまり現行のように国全体なのか、同期系統(東京電力管内平均など)なのかは、私が所属するGHGプロトコルスコープ2技術ワーキングでの議論による部分もありますが、いずれにせよ、これまでのように、証書を買えばゼロ排出にすることができるマーケット基準だけでの達成では不十分となるわけです6

 今回の改訂では、時限付ではありますが、SAF証書なども間接緩和策(indirect mitigation)としてスコープ3の対策(abatement)として認めていくことが案として示されました。これは、電力のようにすでに技術的に経済的となっているオプションがあるセクターとは違って、新規の投資や市場の創成が必要だからです。

 鉄鋼業など、安価なグリーン水素が手に入らないと国内での生産継続が難しくなる可能性のある業種もあります。高コストとなりやすい輸送や貯蔵を最小限にするには国産グリーン水素が必要ですが、国産グリーン水素が十分な量製造されるためには、自然エネルギー財団が示すレベルの電力部門の自然エネルギー比率7が必要です。

 太陽光や風力を主力とした電力システムへの移行には、政府の適切な制度設計が重要です8。個社として自然エネルギーを調達するだけではなく、系統電力全体を脱炭素化するための政策エンゲージメントがますます重要となってきていることは明らかでしょう。

 個社の取組みに加え、気候変動イニシアチブ(JCI)、RE100、JCLPなどのグループとしても、自然エネルギーの早期大量導入を本気で進める必要があることを大きな声で伝え、対話をしてゆきましょう。

 この改訂案が示すのは、自治体にとってはチャンスと言えます。例えば九州エリアのように脱炭素化が早期に進んでいるところは、工場の立地場所として選ばれる可能性が高まっています。国の政策への働きかけに加えて、自然エネルギーがあふれる地域を率先して創り上げていくことで、豊かな未来が描きやすいのではないでしょうか。

2. 真面目に取り組む企業こそが評価される仕組みへ

 今回大きく変わった点の一つとして、目標だけではなく進捗も評価対象になったということです。具体的には、「ネットゼロ状態」を示す様々なベンチマーク(原単位など)が示され(表1・表2・表3参照)、そこと現状とのギャップからスタートし、5年の更新時には達成度の評価を行うことになります。これは、真面目にやっている企業が評価され、目標だけ作っている企業は評価されないということになるのではないでしょうか。

 では、ネットゼロ状態とはどのような指標と値の水準なのでしょうか?何年までに達成すべきとされているのでしょうか?それがわかるのが、表1・表2・表3です。

 表1は、多くの企業に当てはまる指標(Indicator)とその水準(Benchmark)、そしてネットゼロ状態を達成する年、その年から基準年や目標年の間をつなぐ手法(Method)を示しています。例えば、表1のスコープ1は、総量で2050年までには2020年比でGHG排出量を89%減とするか、セクター別の水準としなくてはいけないことを意味します。その間は、基本的に線形で補完しますが、目標は5年ごとの値となります。今回この線形補完の“総量同率削減(ACA)”について、炭素バジェットを考慮する修正が提案されています。

 表2は、高排出セクターの指標(Indicator)とその水準(Benchmark)、そしてネットゼロ状態を達成する年、その年から基準年や目標年の間をつなぐ手法(Method)を示しています。発電部門については前述のとおりですが、セメントや鉄、輸送、FLAG(森林・土地・農業) についても設定されています。

 表3は、企業のサプライヤーや顧客などバリューチェーン内の相手先がSBTi基準に準拠した目標を設定し目標達成に向かって進捗をしている、ということを示すもので、ティア1サプライヤーのうち高排出活動に分類される企業は2030年までに、それ以外のティア1サプライヤーは2050年までに100%を達成する必要があります。

 加えて、表4には現行基準と新たな基準案の比較表を日本語に訳しました。なかなか130ページ以上の英文を読み解くのは大変かとは思いますが、必要な箇所から始めるか、コンサルテーションの質問から逆に読むか、自然エネルギー財団のイベントに参加いただくか、この大きな変更に際してのコンサルテーションに参加してみてはいかがでしょうか。

表1.  ネットゼロの状態を示す指標(Indicator)、ベンチマーク(Benchmark)、手法(Method):
クロス・セクター指標(企業ネットゼロ基準のE.1表より抜粋し日本語訳)

 

表2.  ネットゼロの状態を示す指標(Indicator)、ベンチマーク(Benchmark)、手法(Method)の例:
高排出活動(企業ネットゼロ基準のE.2表より抜粋し日本語訳)
 
 
表3.  ネットゼロの状態を示す指標(Indicator)、ベンチマーク(Benchmark)、手法(Method)の例:
企業主体レベル(企業ネットゼロ基準2.0版ドラフトのE.3表より抜粋し日本語訳)
 
 

表4.  現行ネットゼロ基準と新たな案との比較対照表
(企業ネットゼロ基準2.0版ドラフトのp.10-p.13の表より抜粋し日本語訳)

 
 
 
  • 1SBTi技術諮問グループは2023年4月1日から2年間の任期を終え、またSBTiのガバナンス構造変更により新規メンバー募集などは行わずに2025年3月31日に解散となりました。
  • 2現基準では代替案として再エネ調達目標を設定することも可能です。2025年までに電力の80%、2030年までに100%とする必要があリます。
  • 3今回の改訂案ではCCSによる電力の排出削減は考慮できないと読めます。これは埋める場所の確保やその後の漏洩のリスクなどが不確実であることからと推察されます。今後専門家アドバイザリーグループ向け質疑セッションなどで明確化の予定です。
  • 4IEA, “Net Zero Roadmap, A Global Pathway to Keep the 1.5 °C Goal in Reach” (2023)
  • 5資源エネルギー庁、「2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)」(2025年2月)p.20に各シナリオにおける電力部門の排出原単位の記載があります。CCS活用シナリオは、排出原単位が0.00 kgCO2/kWhとなっていますがCCSについてはカウントされていない可能性が高いことから、エネルギー基本計画が示す2040年の電力部門排出原単位は0.03-0.04kgCO2/kWhとしました。
  • 6筆者が所属するGHG プロトコルスコープ2技術ワーキンググループでは、1時間粒度での排出原単位や証書のマッチングの議論が進んでいる。
  • 7自然エネルギー財団では、電力部門の自然エネルギー比率を2035年80%、2040年90%以上としながら安定供給が可能なことを示すシナリオを発表しました。
  • 8IEA, Integrating Solar and Wind, Global experience and emerging challenges (2024)では、世界的なエネルギー転換目標の達成のために太陽光発電と風力発電の大規模統合を成功させるためには、戦略的な政府の行動、インフラの強化、規制改革が必要としている。
  • 9燃料ライフサイクル全体(Well-to-Wake)での排出原単位。船舶種ごとに設定。
  • 10燃料ライフサイクル全体(Well-to-Wake)での排出原単位。セグメントごとに設定。
  • 11燃料ライフサイクル全体(Well-to-Wheel)での排出原単位。車両によって設定。
  • 12建築タイプによる排出原単位。
  • 13SBTが指定した検証機関による認定は推奨するが必要ではない。最初は目標のみに焦点を当てるが、順次「移行中」と識別されるには進捗が必要となることを予定している。
  • 14原表には、「可能な場所ではゼロ炭素エネルギーの調達、または同じ市場(適切場合は時間と場所のマッチング)からのインテグリティの高い電力市場手段の購入と消費; ゼロ炭素電力の調達ができない場合、中間的に他の系統への貢献も可能とする」との記載がある。これは、間接的緩和手段として、他の市場(日本以外など)の電力証書の購入による削減も時限付で評価されるようにするという案と読める。

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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