2024年1月18日、自然エネルギー財団は「ネットゼロに向けたバイオエネルギー:世界的議論を踏まえた日本における今後の展開」と題するシンポジウムを開催した。国際的に活躍する4人の海外スピーカーに加え、5人の日本人専門家を交えたパネルディスカッションを行い、内容の濃い3時間だった。動画・資料は公開されているので、会場で参加できなかった方にはぜひご覧いただきたい。
本コラムでは、多岐に渡ったシンポジウムのトピックを再構成し、今後の日本での展開を考える上で重要な3つのポイントとして紹介したい。
ポイント1:バイオエネルギー持続性の基礎
本シンポジウムでは、バイオエネルギーは気候変動対策として有効に利用できるが、そのためにはシステム全体での適切な評価と持続可能な管理が必須であることが、重要な論点として改めて提示された。ただし、逆の場合もありえることにも向き合わなければならない。
この点について、チャルマース工科大学のベルンデス教授に解説をしてもらった。ベルンデス教授はこの問題に関して多くの学術論文や解説記事を執筆しており、IPCCレポートの執筆者の一人でもある。
解説によれば、バイオマス燃焼時だけに注目して、バイオマス由来のCO2を排出として計上することは不十分である。バイオマス生産を行う森林などの土地・農林業セクターの炭素動態まで含めた全体システムの中で評価することが必須である。
そのとき、持続可能な森林経営の推進により、森林が大気から除去・吸収する炭素量をバイオマス利用・貯蔵も含めたシステム全体として維持、もしくは増大させることが前提となる(図1の左のケース)。反対に、非持続的な利用により森林の炭素蓄積を減らすことは避けなければならない(図1の右のケース)。
図1:森林バイオマスをエネルギー利用した場合に考えうるバイオマス炭素蓄積の変化
また、利用するバイオマスについては、利用せずに放置した場合の分解速度が速く、エネルギー利用せずとも炭素が大気中に短時間で放出されるものの方が、気候変動効果が高いという研究例も紹介された。図2は、1EJ分1の化石燃料もしくはバイオマス由来の燃料が追加的に利用され、燃料を「しばらくの間(2040年まで増加し2080年以降減少して2100年までにゼロに)」使う場合のシナリオにおける温度変化のモデル計算結果である。バイオマス燃料の場合、温度への影響は1mK未満と限定的であり2 、石炭と天然ガスより小さく、やがてゼロになることが示されている。加えて、10年間で分解されるバイオマスを原材料に用いた場合の方がより影響が小さく、かつ早くゼロになることから、気候変動対策として有効であると言うことができる。
図2:燃料を「しばらくの間」使う場合の気温への影響
ポイント2:バイオマス資源を利用可能にするためのイノベーション
2つ目のポイントは、様々なかたちでのイノベーションと整理できるだろう。
■技術イノベーション
ラコス氏が紹介したオーストリアでの木質バイオマス熱利用は、1980年代からのクリーンな燃焼技術の改良・発達によって可能になった。このように、着実に学習を積み重ねることが、技術の洗練やコスト低下を可能にする。これは、太陽光や風力、蓄電池など他の再エネ技術にも共通することである。また国別に見た場合、先進国を中心とした酪農技術の発達が乳量あたりのGHGの削減に繋がっていることが示され、ここでも継続的な改善の例が示された。
新しい技術が今後の発展の展望を拓いていく可能性もある。日本製紙から紹介があったSAF原料としてのバイオエタノール製造などは、新技術が事業転換を可能にすることの好例と言える。マテリアル利用も含めて化石燃料をバイオマスで代替するバイオエコノミーと呼ばれる新しい領域では、技術開発が世界中で競われていることが、藤島氏から詳細に紹介された。イノベーションを加速化させるため、NEDOなど公的機関による研究支援も重要である。
■制度的イノベーション
市場メカニズムが適切に機能するような、制度的なイノベーションも必要だ。費用をかけて処分している残渣・廃棄物系バイオマスから使っていくことがバイオエネルギー利用の基本であるが、これは「ネガティブ・プライス(負の価格)」のバイオマスと捉えることで、バイオマス利用の優先順位を明確化できる。森永乳業が紹介した、家畜ふん尿からのバイオガス生産は、まさに酪農家の経済的負担になっているバイオマスを利用するものだ。
加えて炭素税などのカーボンプライシングにより化石燃料の外部経済性を内部化することが、バイオエネルギーも含めた再エネの経済的競争力を強化することは、スウェーデンの経験が示すとおりである。
■ビジネスモデルのイノベーション
日本でも、バイオマスタウンやバイオマス産業都市(農林水産省)やバイオコミィニティ(内閣府)など、地域資源と産業を結びつける取り組みが行われている。その上で、地域のエネルギー需要との組み合わせを考え、消費者の意識を変えていくためには、中間支援組織に加えて、新たなビジネスモデル(ESCO)なども重要なイノベーションである。久木氏らが対馬市で先駆的に行っているESCO事業は、オーストリアですでに一般的になっていることが分かり、ビジネスモデルの普遍性が確認された。
■土地利用イノベーション
そして、太陽光・風力発電も含めた分散型の自然エネルギーの大量導入を考える上で、限りある土地をどのように有効に使うかという、いわば土地利用のイノベーションがカギを握る。オーストリアにおける木質バイオマス利用の基盤となっている持続可能な森林経営は、林道ネットワークの整備により森林へのアクセスが可能になったことで実現している。
なお、時間の都合で紹介いただけなかったが、ベルンデス教授からは、ポジティブな便益をもたらす土地利用変化についての資料も用意してもらっていた。欧州の研究例では、多年生植物への転換が有効であることが示されている。日本では、耕作放棄地について太陽光発電の導入が必要であるが、実はその面積はかなり少なくて済むことから、飼料作物やエネルギー作物を栽培することは有効であろう。NEDOが取り組む早成樹の活用もその先駆的な取組と位置づけることができる。
ポイント3:国際連携・日本の参加
パネルディスカッションでは、日本の国際議論への積極的参加が必要であるという話が多くあった。たとえば、日本の森林管理の状況を考えた場合、間伐材由来のエタノールをSAFの原材料として使用することが、ICAO・CORSIAなどの国際的枠組みで認められるように積極的に議論に参加していく必要がある。
一方で、オストハイマー氏からは、Biofuture Platformにおける具体的な活動テーマとして、 各国でバラバラになっているLCA手法の調和や供給ポテンシャルデータの整備が挙げられた。こういった具体的な活動に常に参加していくことが必要であろう。IEA Bioenergyについては、NEDOがいくつかのタスクに参加しているが、Biofuture PlatformやGlobal Biofuel Allianceなどへの政府の参加も必要である。加えて、民間企業単位でも世界バイオエネルギー協会(WBA)、Biofuture Campaignなどの国際ネットワークに参加することもできる。
また、IRENAのゴー氏による東南アジアにとって貿易と投資が重要であるという指摘も重要である。合わせて、東南アジアへの理解と長期的なコミットメントが必要というメッセージもしっかりと受け止める必要があるだろう。東南アジア諸国はバイオエネルギー利用などの自然エネルギー活用に関心を持っているが、日本政府が持ち込む技術は、水素・アンモニアやCCSなど、自身が広めたい技術になっていないだろうか。そういう意味では、これらの技術だけではなく、バイオマスもバランスよく推進べきというオストハイマー氏からの指摘も傾聴に値する。
以上、これら3つのポイントを意識しながら、日本においても、ネットゼロ経済に向けたバイオエネルギー利用を進めていく、世界のエネルギー転換にもよい影響を与える存在でありたい。