Appleの2030年カーボンニュートラルの波及効果環境負荷の小さい自然エネルギーで脱炭素

石田 雅也 自然エネルギー財団 シニアマネージャー(ビジネス連携)

2020年7月30日


 気候変動対策に先進的に取り組むAppleが意欲的な目標を発表した(プレスリリース)。世界各国で生産・販売する製品のバリューチェーン全体で、2030年までにカーボンニュートラル(CO2排出量と吸収量を合わせてゼロの状態)を目指す。このバリューチェーンにはApple自身の事業活動に加えて、製品に組み込まれる部品や部品の原材料、さらにユーザーが製品を使用する時の電力まで含まれる(図1)。全世界のサプライヤーとユーザーの協力を得ながら、エネルギー使用量の削減と自然エネルギーの利用拡大によって排出量を削減する。それでも残った排出量は森林の育成などによる吸収量で相殺する計画だ。
 
図1 Appleのバリューチェーン
出典:Apple(日本語訳は自然エネルギー財団)

世界17カ国のサプライヤー71社が自然エネルギーによる生産を約束

 Appleの新たな取り組みが及ぼす波及効果は極めて大きい。これまでに世界17カ国の71社のサプライヤーが、Apple向けの製品・部品・原材料を自然エネルギー100%で生産することを約束した。中国のサプライヤーが多いが、日本のサプライヤーも8社が含まれている。以前から社名を公表していたイビデン、太陽ホールディングス、日本電産に加えて、新たにソニーセミコンダクタ、セイコーアドバンス、日東電工、恵和、デクセリアルズが加わった。このほかにもApple向けに製品・部品・原材料を供給している日本企業は数多くあり、各社は2030年よりも前に自然エネルギー100%による生産を開始する必要がある。

 気候変動の取り組みは地球規模で展開する必要があり、Appleの新たな目標の狙いもその点にある。Appleのバリューチェーン全体のCO2排出量のうち、実に76%がサプライヤーによる製品の生産工程で発生している(図2)。2030年までにカーボンニュートラルを達成するためには、この排出量をゼロに近づけなくてはならない。しかも10年以内にである。

図2 バリューチェーン全体のCO2排出量の内訳(2019年) 
出典:Apple(日本語訳は自然エネルギー財団)

  Appleは以前からサプライヤーの生産工程を含めて自然エネルギー100%を目指す方針を表明していたが、時期は明言していなかった。いよいよ2030年を期限に設定して、サプライヤーの対応を明確に求めた。おそらく今後は取引の条件として、自然エネルギー100%で生産することを規定するものとみられる。対応できないサプライヤーは取引できない可能性が大きい。

 CEO(最高経営責任者)のティム・クック氏は、カーボンニュートラルに取り組む意義を次のように語っている。「気候変動に対するアクションは、新時代のイノベーションの可能性、雇用創出、持続的な経済成長の礎になり得るのです。カーボンニュートラルに対する当社の取り組みが波及効果をもたらし、さらに大きな変化を生み出すことを期待しています」。Appleと同様の取り組みは他のIT(情報技術)大手にも広がり、さらに自動車メーカーや食品・日用品メーカーなど、さまざまな産業に波及していく。巨大企業Appleのカーボンニュートラルに向けた活動が、日本の気候変動対策とエネルギー政策にも大きなインパクトを与える。

脱炭素の手段に利用するのは環境負荷の小さい自然エネルギー

 エネルギーに焦点を当てると、Appleは2011年から全世界の事業活動で使用する電力を自然エネルギーに転換して、2018年から100%の状態を続けている。事業が急速に拡大してエネルギーの使用量が増加したにもかかわらず、化石燃料の電力を使わずにCO2排出量を低減してきた(図3)。しかも使用する自然エネルギーの電力の8割以上は、みずから投資して新たに開発した発電設備によるものだ。発電事業者から長期に自然エネルギーの電力を固定価格で購入する「コーポレートPPA(電力購入契約)」が多い。こうした調達方法をとれない場合には、電力会社が販売する自然エネルギー100%の電力か自然エネルギー由来の証書を購入する。
 

図3 Appleの年間CO2排出量の推移(スコープ1+2) 単位:100万トン
出典:Apple(日本語訳は自然エネルギー財団)

 どの調達方法をとる場合でも、新しく開発された自然エネルギーの発電設備だけが対象になる。新設した発電設備の電力を優先して採用することによって、化石燃料の電力を代替してCO2排出量の低減につなげる。これは追加性(additionality)と呼ばれる要件で、米国の多くの企業が自然エネルギーの電力を調達する要件に入れている。さらにAppleは環境負荷の低い自然エネルギーだけを採用する方針を徹底している。特に水力とバイオマスは厳しい要件をもとに選定する。

 当然ながら原子力は対象外である。Appleは気候変動対策の中で原子力に言及したことはなく、CO2排出量を削減するために使用する電力は一貫して自然エネルギー(renewable energy)を挙げている。日本政府は脱炭素の手段として原子力発電の拡大を掲げているが、Appleの脱炭素は環境負荷の小さいグリーンなエネルギーで実現する。放射性廃棄物を排出する原子力はグリーンでもサステナブル(持続可能)でもない。Appleをはじめ世界各国の200社以上の有力企業が加盟する「RE100」は、事業で使用する電力を自然エネルギー100%で調達することを目指す活動である。日本でも30社以上がRE100に加盟しているが、各社の選択肢に原子力は入らない。

サプライヤーと共同で8GWの自然エネルギー発電設備

 Appleは2015年から「サプライヤークリーンエネルギープログラム」を開始して、サプライヤーと共同で自然エネルギーの発電設備を増やしてきた。これまでに3GW(ギガワット=100万キロワット)近い発電設備が運転を開始したほか、開発が決まっている案件を加えると合計で8GW弱の規模に拡大している(図4)。対象になる自然エネルギーは「社会と環境の両面で厳しい基準に合致すること」が前提条件になっている。Appleの基準に合う環境負荷が小さくて追加性のある自然エネルギーである。
 

図4 Appleがサプライヤーと共同で開発する自然エネルギー発電設備の規模(累計)
単位:ギガワット(=100万キロワット)FY:会計年度(Appleでは前年9月の最終日曜日に会計年度を開始) 
出典:Apple(日本語訳は自然エネルギー財団)

 すでに中国ではAppleとサプライヤーが共同で1GWを超える自然エネルギーの開発プロジェクトに投資している。Appleの製品・部品を生産するサプライヤーは中国に多い。最近は中国でも風力発電と太陽光発電の開発が活発に進んで、発電コストも火力や原子力より低くなっている。中国のサプライヤーはAppleのアドバイスをもとに、風力や太陽光の発電事業者とコーポレートPPAを結んで電力を調達する。CO2排出量を削減しながら電力のコストも低減できる。

 日本では風力と太陽光の発電コストが米国や中国ほど低くなっていないため、今のところ同様の方法をとることはむずかしい。Appleは2017年から日本の発電事業者と提携して、東京・名古屋・大阪の3大都市圏を中心に、ビルの屋上に太陽光発電設備を設置するプロジェクトを進めている。すでに約600カ所に設置して、CO2を排出しない自然エネルギーの電力を各地域に供給している。ただし固定価格買取制度(FIT)の適用を受けているため、制度上はCO2を排出しない自然エネルギーの電力とみなすことはできない。今後は米国や中国と同様に、サプライヤーと連携しながらコーポレートPPAに取り組むことが想定される。2022年度にはFITからFIP(Feed-In-Premium)へ移行することが決まっている。FIPでは発電した電力がCO2を排出しない自然エネルギーとみなすことができるため、コーポレートPPAを実現しやすくなる。

 Appleが全世界でカーボンニュートラルを実現するうえで残る大きな課題は、ユーザーが製品を使用する時の電力である。2019年の時点でバリューチェーン全体の排出量の14%が製品の使用時に発生している。対策の1つは製品の消費電力を削減することだが、今後も製品の販売量が増え続ければ、電力使用量は増加する可能性がある。そうなるとユーザーにも自然エネルギーの電力を使ってもらってCO2排出量を削減する方法が確実な対策になる。Appleがユーザー向けに自然エネルギーの電力を販売することも考えられる。若者を中心に世界各国の消費者が自然エネルギーの電力を使い始めるきっかけになるかもしれない。


 
<参考文献>(図の出典)
Environmental Progress Report Covering fiscal year 2019, Apple (July 21, 2020)

<関連コラム、レポート>
Apple、全世界で自然エネルギー100%達成、20社超のサプライヤーもApple向けに対応 (2019年2月20日)
世界中の企業が自然エネルギーへ、先進事例に見る、導入効果・調達方法・課題解決 (2019年8月8日)

 

 

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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