グリーン・リカバリーとグリーン・ニューディールその財源および気候正義との関係

明日香 壽川 東北大学 東北アジア研究センター 教授(兼)環境科学研究科 環境科学政策論 教授

2020年7月28日

in English

1. はじめに

 グリーン・リカバリー(以下、GR)という言葉が日本でも多少は聞かれるようになった。多くの場合、「新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした経済停滞からの回復を、気候変動対策とともに進める」を意味している。もう少し詳しい場合は、「雇用創出や経済成長を達成しつつ、CO2などの温室効果ガス排出のリバウンドも防ぎ、気候変動やパンデミックのような危機に対してレジリエントな社会も作る」という感じで使われる。

 しかし、日本での議論の多くはそこで終わっている。投資先、投資額、財源、付随する政策などの具体論がほとんど伴っていない。今のままでは、「もっと気候変動対策を!」という単なる掛け声の域を出ることはなく、政策策定プロセスへのインパクトも小さいものに終わってしまう(実際に、昨今の補正予算の議論では、内閣府、経産省、財務省などの関係者の口からはGRのグの字も出なかった……)。
本稿では、日本におけるGRの議論を深めるため、日本では語られることが少ないGRに関する1)歴史的背景、2)財源問題、3)格差・貧困・人種・ジェンダーとの関係、の三つについて、米国のサンダーズ上院議員のグリーン・ニューディール(以下、GND)案を紹介しながら述べてみたい。

2. GNDと重なるGR

 GRの具体的な内容は、基本的には再生可能エネルギー(以下、再エネ)と省エネで雇用拡大や経済成長を目指すGNDと重なり、それは、少し前の “グリーン成長(Green Growth)”とも重なる。2009年のリーマン・ショックの時にも、GRという言葉は一部の研究者の間では使われていた。さらに歴史を遡ると、1980年代に始まった “環境保全による近代化(Environmental Modernization)”の議論にもつながっている。

 米国では、2019年2月、米国の最年少下院議員であるオカシオコルテスらは、まさに「グリーン・ニューディール」という決議案を下院に提出した。この決議案は、再エネ関連インフラへの投資を大幅に拡大し、化石燃料に依存する経済社会システムの転換を目指したもので、格差や貧困などの社会問題とも連繫させている。また、最後まで民主党の大統領候補指名選を争ったサンダース上院議員も、後述するような独自の詳細なGND案を公表している。

 周知のように、オカシオコルテス議員は、新ケインズ主義の一派である「ハイパー・インフレを起こさない限り通貨発行権を持つ国の債務は大きな問題ではない」という現代貨幣理論(MMT)の信奉者である。また、現代貨幣理論の提唱者であるケルトン・ニューヨーク州立大学教授はサンダース議員の経済アドバイザーといわれている。

 米国に限らず、現在、どこの国でも経済政策をめぐる新ケインズ主義vs新古典経済学・新自由主義という対立構造が存在する。本稿では、この議論には深入りにはしないものの、GNDには新ケインズ主義な考え方が背景にあり、コロナ禍によって、多くの国における現実の財政・金融政策も、新ケインズ主義に傾斜していると言っても過言ではないと思う。

3. サンダーズGND案の財源

 ただし、実はサンダース議員自体は、政府の債務拡大には一貫して慎重な立場を貫いている。彼の総投資額16.3兆ドル(約1600兆円!)というGND案も、15年かけて収支のバランスをとるものになっている。その主な財源および調達額は、1)化石燃料補助金廃止、化石燃料企業への課税、汚染者への罰金や訴訟で3兆8550億ドル、2)石油輸送ルート保護関連の軍事費削減で1兆2155億ドル、3)電力販売で6兆4000億ドル、4)2000万人の新規雇用に対する所得税で2兆3000億ドル、5)2000万人の新規雇用により、現在の失業支援プログラムの1.31兆ドルを節約、6)富裕層と大企業への更なる課税で2兆ドル、などである。

 サンダース議員案のような16.3兆ドルという大幅な財政支出はハイパー・インフレなどの問題を引き起こすか? それを止めるために大幅な課税が必要となるか? これらが米国におけるGNDの最重要論点であり、様々な議論が交わされている。例えば、Galvin and Healy(2020)は、1)サンダーズGND案の財政支出は、課税や戦時中の国債発行額の規模を考えればハイパー・インフレを起こす可能性は小さい、2)サンダーズGND案で最も抵抗が大きいのは富裕層課税であるが、その負担率は60年代、70年代における米国での富裕層の負担率と同じレベル、と主張している。

4. 気候正義との関係

 GND、特に米国におけるGNDは、気候変動対策の中に、「気候正義」の要素である格差・貧困・人種・ジェンダーの問題が大きく組み込まれている。実際に、サンダースのGND案には、1)2000万人の正規雇用の創出(5年間の賃金保証)、2)740万戸の低価格・低炭素住宅の建設、3)120万戸の連邦住宅を含む既存住宅のエネルギー効率改善、4)疎外されたコミュニティや先住民コミュニティの気候変動へのレジリエンス向上、5)取り残された農村地域への資金提供、6)学校給食、などが入っている。

 日本では、このように気候変動対策の中に格差・貧困・人種・ジェンダーの問題を含めることに対して多くの人が違和感を持つのではないか。米国でも、そのような批判はある。しかし、前出のGalvin and Healy(2020)は、格差などの問題が気候変動対策やGNDと結びつく、あるいはシナジーを持つ理由として、1)貧富の格差が大きいほどCO2排出が大きい(ジニ係数が高い国は一人当たりのCO2排出も大きく、富裕層への課税強化と貧困層への再分配が国全体のCO2排出を減らすという研究結果がある)、2)大企業、特にエネルギー多消費産業のCO2排出が大きく、かつ大きな利権を持つ彼らの政治的影響力が大きい、3)気候変動対策の多くが低所得者の利益になる、4)気候変動対策の一つであるカーボン・プライシング(例:炭素税)は、低所得者層によりネガティブな影響を与えるため、低所得者からの反対運動が起きる可能性がある、5)女性や非白人の失業問題がより深刻であり、GNDはこの問題の解決に貢献する、などを挙げている。すなわち、格差や大企業支配を減らすことが結果的にCO2の排出削減につながり、逆に、格差を考慮しない気候変動対策は失敗するということだ。

5. 今後に向けて

 私が関わる研究グループのメンバーは、最近、「原発ゼロ・エネルギー転換戦略」(未来のためのエネルギー研究グループ 2020)を発表した。これは、日本版グリーン・ニューディールであると同時に今のエネルギー基本計画の代替案であり、コロナ禍後のグリーン・リカバリーにも通じている。具体的な政策、投資先、投資額、財源、雇用創出数、電力価格へのインパクト、CO2排出削減量なども、ある程度は明らかにしている。

 ただし、サンダースのGND案には、その詳細さで及ばず、気候正義の観点も不十分である。一方、最近、米民主党大統領候補であるバイデン元副大統領は4年間で2兆ドルを投資するGND案を発表し、カナダの産業団体が、カナダの財務大臣宛に極めて具体的なGR案を提案している(Torrie et al. 2020)。後者の場合、実際には、モルノー財務大臣自身がこのGR案に関わっており、彼は多くの場でコロナ禍後の気候変動対策の重要性について発言している。

 今後、このような彼我の差にめげずに、日本の個別事情を考慮しながら「原発ゼロ・エネルギー転換戦略」をより説得力のあるものにバージョン・アップしていきたいと思っている。できるだけ多くの人に、日本におけるGRやエネルギー基本計画改定の議論の参考資料として使っていただければ幸いである。


<参考文献>
・未来のためのエネルギー研究グループ(2020)「原発ゼロ・エネルギー転換戦略」
・Galvin Ray and Healy Noel(2020)“The Green New Deal in the United States: What it is and how to pay for it”, Energy Research and Social Science, 67, 101529.
・Torrie Ralph, Céline Bak Toby Heaps(2020)“BUILDING BACK BETTER WITH A BOLD GREEN RECOVERY” Synthesis Report, June 2020.
・朝日新聞RONZA論座の拙稿(2020年07月16日)「だれがグリーン・リカバリーを邪魔しているのか:コロナ禍からの緑の回復のためにはエネルギー基本計画を変えるしかない」

 

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外部リンク

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