連載コラム 自然エネルギー・アップデート

シリーズ「電力システム改革の真の貫徹」を考える
第7回 電気のCO2排出削減政策としての非化石価値取引市場について

2016年12月16日 木村啓二 自然エネルギー財団 上級研究員

 「貫徹小委 ⅰ 」では様々な市場に関わる議論がなされている。そのうちの一つ非化石価値取引市場(以下、非化石市場と呼ぶ)について取り上げる。そもそも、この議論の根元は、日本の地球温暖化対策の目標に関係している。長期エネルギー需給見通し(以下、エネルギーミックス)では、2030年度に電気からのCO2の排出係数を0.37kg/kWhに引き下げることを目指している。2015年度のCO2排出係数は0.54kg/kWh ⅱ であるので、今後約31%引き下げる必要がある。


図1
出所:経済産業省資源エネルギー庁 (2016)「エネルギー供給構造高度化法の基本方針及び判断基準について(案)(電気事業分野)」総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会第4回電力基本政策小委員会資料5

 これを実現するため、政府の提案は次の2本柱で構成されている。第一に、火力発電の高効率化を進めること、第二に、小売電気事業者に低炭素な電源の調達を求めることである。
 火力発電の効率化のために、省エネ法 ⅲ で規定している新規の発電設備に対する発電効率の基準を設定すること、また既存も含めた発電事業者単位での発電効率の基準を設定し、既存の発電設備に対しても対応する形としている(経済産業省, 2016)。中でも最も包括的な規制が、火力発電効率B指標(以下、B指標)である。これは、燃料種類ごとの発電効率の目標値を定めるだけでなく、火力発電全体の発電効率の目標を定めたもので、全体で44.3%以上の発電効率を達成しなければならない(図2)。このB指標は2030年度に達成していれば良いとされている。


図2 省エネ法で新たに設定される効率B指標
出所:経済産業省 (2016)

 次に、小売電気事業者に対して2030年度に非化石電源(自然エネルギー、原子力)の電源比率を44%に高めるよう義務付ける、というものである。これはエネルギー供給高度化法 ⅳ 及び同法告示を根拠とした規定である。これを受けて貫徹小委市場整備ワーキンググループでは具体的な制度設計について議論した。具体的には、各小売電気事業者が44%の義務を達成できるよう、非化石電源の価値のみを電気と切り離して取引する市場、非化石価値取引市場を創設・導入することとした。
 以上の2つの施策を合わせることによって、2030年度における電気からのCO2排出係数を0.37kg/kWhを実現する、としている。

 この2つの施策はどちらも大きな問題点がある。本コラムではそのうち、非化石価値取引市場の問題点について述べる。
 第一に、現在、明らかになっている非化石価値取引市場の案では、市場が創設されても有効に機能しないリスクがある。すでに幾つかの記事等 ⅴ で言及されているが、そもそも市場は買い手と売り手があって機能する。現在の案で最も不確かなのは、市場の創設後に多くの買い手が登場するか、という点である。
 非化石価値の買い手は小売電気事業者であるが、その主な購入動機は2030年度に非化石電源の比率44%を達成しなければならない、という義務に依る。しかし、2030年度までの間に調達義務がなければ、非化石電源への当面の需要は大きなものにはならない可能性が高い。小売電気事業者は2030年度直前まで非化石価値証書を購入しないかもしれない。そうなると、今後10年程度は非化石価値の買い手は一部にとどまり、価格はゼロに近い値となり、2030年付近で高騰する可能性もある。あるいは、不遵守の罰則が低ければ、調達せずに罰則を受けることを選択する事業者が多数出るかもしれない。以上のことから、このような市場を設計する場合には、細心の注意が払われる必要がある。特に、上記の不安定な需要状況を避けるためには、年々ある一定の義務を課して、安定的な需要を創出していくことが望ましい。例えば、2016年度の非化石電源比率が16%だったとすると、17年度以降、年率約2%ずつ義務を上げていけば2030年度には44%に達する。
 第二に、対象の不整合の問題がある。非化石電源の比率を44%にするため、小売電気事業者にその利用義務を課すとしているが、自家消費用の電気の非化石化には効果をもたらさない。本来、エネルギーミックスの目標は、小売される電気だけでなく、自家消費される電気も含めた値である。自家消費電力量は、2015年度で約1070億kWhであり、そのうち、非化石電源の割合は約10%と推計される。この自家消費電力の非化石化についてはエネルギー供給高度化法では対象とされていない。
 第三に、電気と他のエネルギー用途との非対称規制となる点が問題である。電気については上記で見た問題点はあるものの非化石化に向けては一定の推進力が働くことが期待される。他方で、熱、燃料といった他のエネルギー用途について非化石化のあり方については、極めて弱い措置しか取られていない。例えば、非化石の電気を利用した熱利用や電気自動車の利用などは、CO2排出削減の観点から有効であるのに、熱や燃料分野での非化石化の圧力が小さいと、そうした動きを阻害しかねない。ドイツやオランダ、ノルウェーなど欧州では、内燃エンジンを将来的に禁止する方向に進みつつある。つまりこれはガソリンや軽油の消費を減らしていき、電気自動車などへの移行を推進する長期的な方向性を示している。
 非化石化の本来の目的は、CO2排出削減であり、電気・熱・燃料などエネルギー用途は問わないはずである。この点から言えば、CO2そのものに価格をつけるカーボンプライシングを導入することで、業界ごとに複雑な制度をいくつも作り上げる必要はなくなり、もっとも費用効率的な資源配分をもたらす。これにより、企業は将来の低炭素化にむけた市場展望を描くことができ、エネルギー用途の垣根を超えた低炭素化に向けた動きを加速していくものと期待される。
 最後に、非化石価値取引市場の設計でもう一つ重要な点は、非化石価値の種類を電源種で明確に区分することである。新たに参入してきている小売電気事業者の中には、原子力ではなく自然エネルギー電力の推進を目的にしている事業者も少なくない。また企業や消費者の中にも自らの使用する電力を自然エネルギーでまかないたいという意向は強い。新たに非化石価値取引市場を創設するのであれば、自然エネルギーへの転換を求めるこうした動きに寄与できるものとすべきである。原子力と自然エネルギーを区分するだけではなく、自然エネルギーの種別も選択できるような設計が検討されるべきと考える。

参考文献

  • 経済産業省 (2016)「総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会省エネルギー小委員会火力発電にかかる判断基準ワーキンググループ 最終取りまとめ」
  • 日本経済新聞「電力取引のひずみ招くエネ庁の新市場構想 編集委員 滝順一」(2016年11月21日付)


 ⅰ 「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会電力システム改革貫徹のための政策小委員会」の略称
 ⅱ 資源エネルギー庁 (2016) 「平成27年度(2015年度)エネルギー需給実績を取りまとめました(速報)」
 ⅲ 「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」の略称
 ⅳ 「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー源の有効な利用の促進に関する法律」の略称
 ⅴ 日経新聞「電力取引のひずみ招くエネ庁の新市場構想 編集委員 滝順一」(2016年11月21日付)

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